『ノクターナル・アニマルズ』
監督:トム・フォード
出演:エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノン、アーロン・テイラー=ジョンソン
配給:ビターズ・エンド/パルコ TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
ⓒUniversal Pictures


太った女たちがほぼ裸で舞い踊る強烈なオープニングから、頭がクラクラするような映像の連続! ファッション界のスター、トム・フォードが『シングルマン』(09)に続いて世に送り出した監督作『ノクターナル・アニマルズ』は、最後の一瞬まで観る者の心をとらえて離さない不穏なムードに満ちたミステリーです。

 

ヒロインはロサンゼルスのアートギャラリーのオーナーとして成功を収めている、スーザン。裕福な夫とのセレブリティとしての暮らしは経済的には満たされているものの、夫婦の関係は冷え切り、精神的には虚しさを抱えた日々を送っています。そんな彼女のもとに届いたのは、20年前に離婚して疎遠だったエドワードが書いた小説『夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)』。それはふたりが生まれ育ったテキサスを舞台にした(トム・フォードの出身地でもあります)、ひと組の夫婦と娘が理不尽な暴力に飲み込まれていく恐ろしい小説でした。

映画はどこか虚ろなスーザンの現在と、小説家になる夢を抱いていたエドワードとのかつての恋、そしてスーザンが脳内で再生する小説内世界を描く映像という3つのパートによって構成されています。エドワード役と小説内世界の主人公をジェイク・ギレンホールがひとり二役で演じていることもあり、現実と虚構が溶け合って地続きになっていく感覚が、何とも奇妙で魅惑的。トム・フォードの魔術的な手さばきに導かれて、心臓がどうにかなりそうな緊張感を味わいました。

 

夢だけでは暮らしていけないという判断をして、愛する人と別れたことへの“後悔”。そんな後悔など自己満足にすぎないのだと思わせる“怒り”。そこには互いへの未練もあるかもしれず、エドワードがスーザンに小説を送った行為は愛なのか復讐なのか、物語は予測のつかない方向へと進んでいきます。ちなみに私はラスト、スーザンと一緒に放り出されるような気持ちになり、その感触がずっと消えないまま。劇中に登場する数々のアート、映画のためにデザインされたオリジナル衣裳などたくさんのヒントがちりばめられていますが、その“答え”は観客ひとりひとりの人生観に左右されるかもしれないな、と思ったのでした。

 

PROFILE

細谷美香/1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。
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