2017.11.28

わたしの偏愛スティーブ・ハリソン~マグカップに「もののあはれ」が宿るとき

物を買わなくなったわたしが、久々に心臓バクバクさせながら清水の舞台から飛び降りたスティーブ・ハリソンのマグカップ。これまでコレクションにはまったく興味がなかったのに、スティーブを傍に置くために仕事がんばろうとさえ思う今日この頃。魔法にかけられたようでもあり、運命の出会いにも感じられて…。

そのマグカップを目にした時、最初の印象は「こりゃ、なんだ?!」というものでした。

革? エイか何かの? 見ようによっては爬虫類に見えなくもない。見ようによっては気持ち悪いというひともいるかもしれないシボシボの表面。

でも、持ち手のブルーがなんと深くて美しいのだろう。しかも2つの愛らしい花で留められている。可愛い! 可愛コワイ!

手に取ってみると、それは軽やかな陶器で、カップの裾は少しだけ広がって、スカートを穿いているようにも見えます。

この複雑な美。古典的にも現代的にも感じられ、和のようでも洋のようでもある。

ひと言では表現し得ない、かつて見たことのない多面的な美しさこそ、わたしが長年求めてきたものかもしれない、と思いました。

モワモワっとした表面の模様は、ヨーロッパ中世以来の伝統的な塩釉(ソルトグレーズ製法)によるもの。窯に漏斗で塩を投げ入れると、熱で溶かされた塩が模様を生み出すが、2つと同じものはできないそう。最後の最後は自然に任せる、という作家の強い思いが感じられます。

陶芸家、スティーブ・ハリソンは1967年生まれの英国人。ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの大学院を卒業後、ロンドンの自宅とウェールズに窯を持ち、制作しています。

作品を扱うギャラリー久我の久我恭子さんのファイルからお借りした写真。作品の印象より若々しい、今年50歳のスティーブさん。
素焼きの状態の作品たち。ソルトグレーズがかけられるのを待っています。

マグカップを購入したギャラリー久我の久我恭子さんによれば、スティーブの素晴らしさは第一に、時代も国境も越えている、ということ。

確かに、どこか中国的な印象もあり、また、3年暮らした懐かしいアラブを思い出すところもある。それでいて随所に顔をのぞかせるユーモアはヨーロッパ的です。

このマグカップを漆や日本の急須と組み合わせるのが好きなのですが、どんな組み合わせでもしっくり馴染んでしまいます。

そして、その懐の深さを感じるとき、日本文化もまた、外来のものとオリジナルの感性とが混ぜ合わされ、長い年月とともに陶器のように窯変したものなのだ、と気づかされました。

美によって国境を超える、時代も越える。それを感じたとき、わたしも長い長い歴史のひと粒なのだなあ、と実感します。

死が怖くなくなる、と言ったらいいでしょうか。だから、お茶の時間が楽しくなりました。

ほんのわずかな時間でも、別の次元に連れて行ってくれるスティーブのマグカップで飲むと、どんなお茶でも、疲れが癒されるのです。

輪島塗の丸盆に、ブルーの小皿で朝10時のお茶をビスケットとともに。
すべてスティーブの作品でしつらえた久我さんのお茶の時間。季節の生菓子もしっかり受け止めるお皿、そして渋い色合いが素敵な取り皿は、織部などとも馴染んでしまうそう。

スティーブの制作テーマはずばり「ティータイム」です。

英国人は伝統的にティータイムを大切にしてきました。お茶を飲んでひと息つくことで、気持ちを落ち着け、多種多様な問題に向かっていったのです。

単なる休息ではない、もっと必要不可欠な特別な時間。そしてそれは日本の茶道の一期一会の精神ともまたつながっているような気がします。

久我恭子さんが最初に求めた思い出のティーセット。オークの古木のトレイと、小ぶりな白のマグカップのシリーズがエレガント、かつ、物語を感じさせます。

スティーブ・ハリソンの作品には「もののあはれ」が感じられる、と久我さんは言います。

もののあはれは、いろいろな解釈がありますが、本居宣長が「源氏物語」について自著で述べた言葉です。

無常観に基づく哀愁や、しみじみとした情趣、永遠への根源的な思慕…。

陶器は割れてしまうことがあるからこそ美しい、と言えますし、割れたら金継をして、ずっと傍に置き、孫子の代まで伝えていきたいと思います。

単なるモノではなく、魂に寄り添う物としてともに暮らす、生きる。

わたしたちは美を見て、味わうことで、さまざまな境界線を軽々と越えて行くことができる。スティーブの作品は、そう教えてくれます。

それはまた、世界を正しく理解する方法でもあるのでしょう。

たとえ小さな部屋の中にいても、草原にひとり立ち、地球を俯瞰するような広々とした気持ちになれる。それが偏愛するスティーブ・ハリソンの魅力なのです。

  • 伝統的な形が美しいポット。
  • 中国的、オリエンタル的なイメージの壺。
  • 珍しい鮮やかな黄色の花瓶。青の模様は、ゴッホの「ひまわり」に感動したスティーブがシリーズでモチーフにしている。こちらの3点は写真家のTomoko Osadaさんによる。

 

骨董商と写真家のユニット「Wandel」による写真画展「雄弁なるモノ」が、11月28(火)午後5時まで千駄木のWhiteGalleryで開かれています。古今東西のアート作品と花や魚など有機的なものとが出会って起こす美の変容。スティーブ・ハリソンの作品もたくさん登場しています。