2017.12.19

2017今年、心が震えた言葉BEST3

塵一つなく拭き清められた京町家。アーティストの二見光宇馬さんの仕事場です。エアコンは使わず、寒いときは火鉢に火を入れて。ストイックな暮らしから生み出されるのは、清らかで愛らしい小さな仏様たち。

2017年もいよいよ終わりが近づいてきました。振り返ると、いつもの年よりたくさんの人に会い、旅をし、いろいろな世界を知った1年でした。

心に深く響いた言葉もたくさんあります。その中から特に印象深かった3人の言葉をお伝えします。


1 「掃除は命への礼儀」
 

陶仏を制作するアーティスト、二見光宇馬さんの言葉です。

京町家に住み、日が昇らないうちから起きて、まず掃除をする、という二見さん。

玄関を入ると、小上がりに一つ置かれた仕事机が、息を呑むほど美しく佇んでいました。

「死んだ後、そのひとを語るものは身の回りの物。だから毎日が死ぬ準備というか、その瞬間を整えておくことはとても大事だと思います」

掃除と死が結びつけられたお話を聴くのは、生まれて初めてのことでした。でも、なるほど二見さんのおっしゃる通りです。

死は怖くありません、とおっしゃる二見さん。でも、僕だって長生きしたいですよ、と笑います。

「命をいただいて、いろいろな経験をさせてもらっています。生きているということは素晴らしいことです。掃除は、その命に対する礼儀。だから僕の暮らしの中で、とても大切なものなんです」

命への礼儀。その言葉が忘れられず、わたしも雑巾がけをするようになりました。

毎日はできないし、掃除機をかけるように簡単には行きません。肩も腰も痛くて、能率が上がらないので、時間がかかります。

でも、全身を使い、足の親指を床に当てて力強く拭く行為は、いわゆる掃除とは異なる何か、ある種、瞑想的な行為でした。

そしてなにより、水拭きした後の清々しさ!

浄める、とはこういう気持ち良さを創りだすことなのだ、と改めて思いました。


2「どんなに繁栄を誇った文明でも、他文明の恩恵があっての繁栄であろう。」
 

「イスラームから考える」(白水社)という本の著者、師岡カリーマ・エルサムニーさんの言葉です。

「イスラームから考える」師岡カリーマ・エルサムニー著 白水社刊。美しい表紙。著者名が極端に小さいのが気になる。

いま、日本のみならず、世界中で暴言、失言が横行しています。

なかでも、自国を過剰に持ち上げ、他国を貶めるヘイトスピーチには、いったいどうしてこのようなことが起こるようになってしまったのか、と絶望的な気持ちになります。

一見シンプルな、愛国心というものの正体は何か。

師岡さんの言葉は、それに対する明快な答えだと感じました。

師岡さんは1970年、東京生まれの文筆家です。エジプト人の父と日本人の母の家庭に育ち、カイロ大学政治経済学部で学び、その後ロンドン大学で音楽学士を習得。NHKラジオ日本のアラビア語放送アナウンサーを務め、複数の大学で教鞭を執っている、と本のプロフィールには書かれています。

かつて3年間住んでいたアラブのこと、イスラームのことを、学者ではないひとの言葉で読んでみたいと手に取ったこの本は、思っていたようなイスラームの解説書ではなく、もっと大きく広い視野に立ち、世界を俯瞰するまなざしの持ち方が書かれていました。

上に挙げた言葉を含む文節を、少し長いのですが、下記に引用してみましょう。

「(前略) 人類はさまざまな文明に分かれながらも、互いの交流を通して依存し合い影響し合いながら発展してきた。どんなに繁栄を誇った文明でも、他文明の恩恵があっての反映であろう。そのなかで私たちが文化と呼んで誇っている芸術的・科学的偉業の多くは、ひと握りの天才たちが骨身を削り、多大な努力を払って創造してきたものだ。誇るどころか、私たちは人為的な国境を超越して、感謝しつつそれに平伏するべきだと思う。」
(162ページ「愛国心を育成するということ」より抜粋)

そして、祖国の文化の素晴らしさが自ずとわかるだけの感性と想像力と教養を育めば、他国の文化の良さにも素直に感動する心を持つようになるだろう、という言葉に大きく頷きました。

自国に対する誇りとは、そうした視点からしか生まれないような気もします。

「私たちの星で」梨木香歩 師岡カリーマ・エルサムニー著 岩波書店刊。師岡さんの最新刊は、圧倒的な知性と感受性を持つ作家の梨木香歩と師岡さんのふたりが、偏狭なナショナリズムに陥らず、すこやかでバランスの取れた「世界への向き合い方」を考える20通の往復書簡。言葉の美しさに圧倒される、大オススメの1冊です。


3「聴こえないけど、音楽は、感じることはできる」
 

東京ホワイトハンドコーラスのメンバー、幼稚園3年生のMちゃんの言葉です。

朝日新聞と集英社が発行する無料デリバリーマガジン「Tジャパン」11月25日号で、東京ホワイトハンドコーラスを取材し、寄稿させていただきました。この記事はこちらで読むことができます。

ホワイトハンドコーラスは、1975年にヴェネズエラで発足した子どものための国家的音楽教育プログラム「エル・システマ」から生まれたパフォーマンスです。

聴覚に障害のある子どもたちが、白い手袋をはめて、手話ならぬ「手歌」をコーラス隊とともに歌います。

若き天才指揮者、グスターボ・ドゥダメルをはじめとして、才能のある音楽家を数多く輩出してきたエル・システマは、いまや世界70か国・地域以上で展開されていますが、日本では2012年に福島県相馬市に設立され、相馬子どもオーケストラや子どもコーラスが活発な活動を行っています。

ホワイトハンドコーラスは、障害のある子どもたちのためのプログラムとして1995年にヴェネズエラで始まり、今年の初夏に東京で「東京ホワイトハンドコーラス」が発足しました。

メンバーは幼稚園児から高校生までの男女10人。

10月に行われたエル・システマのガラコンサートで、「相馬子どもコーラス」とともに、童謡や、詩人のまど・みちおの詩に曲をつけた美しい歌を、驚くべき豊かな表現力で演じ切りました。

ホワイトハンドコーラスの手歌は、ひとつひとつの歌詞に対して、どのような手の表現をするか、子どもたち自身が徹底的に話し合って決めていきます。

詞の哲学的な言葉や、英語やラテン語の歌詞も、子どもたちは見事に理解し、表現します。子どもの理解力を、指導する大人たちがリスペクトしている様が感動的です。

本番の日、子どもたちは全身で力いっぱい手歌を演じました。美しく、人間の尊厳を感じる姿でした。

人は生まれながらに表現への希求があるのだ、ということを目の当たりにし、涙が止まりませんでした。

この日、本国ヴェネズエラからは視覚に障害がある男性5人のコーラスグループ「ララ・ソモス」が来日。ラテン気分たっぷりの美声と楽器演奏を繰り広げ、大喝采でした。

公演後の記者会見で、Mちゃんは「聴こえないけれど、ララ・ソモスの音楽がいいなあと思った」と語りました。そして「音楽は感じることができるんだとわかった」と。

子どもたちの、そして人間の可能性について、それからずっと考え続けています。