ノンフィクション『結婚しないかもしれない症候群』で鮮烈なデビューを飾り、函館を舞台に、義弟との禁断の愛に身を投じた女性を描いた『海猫』をはじめとする小説やエッセイを世に送り出し続けている谷村志穂さん。一方で、37歳で結婚、38歳で出産を経て、女性としてもさまざまな経験を重ね、円熟味が増しています。『結婚しないかも〜』の刊行から約27年。谷村さんはどう人生を重ねてきたのでしょうか。

谷村志穂 1962年、北海道生まれ。北海道大学農学部で動物生態学を専攻。90年にノンフィクション『結婚しないかもしれない症候群』で、女性たちの支持を集める。91年に『アクアリウムの鯨』で小説家デビュー。2003年に『海猫』で島清恋愛文学賞を受賞。代表作に『黒髪』『余命』『尋ね人』『大沼ワルツ』など。りんご好きでも知られ『ききりんご紀行』で17年青森りんご勲章受章。


結婚も出産もしなくていいと思った20代
「いい男いない?」と公然と口にしていた30代


37歳で結婚し、翌年に出産。夫と高校1年になった娘との3人暮らしという谷村さん。27歳の時に執筆したノンフィクション『結婚しないかもしれない症候群』で、「子供は好きではない」「自分ひとりで生きていくために必要な準備はなんでもしよう」、そんな率直な気持ちを包み隠しもせずに書いていたのだから、人生何が起こるかわからないものです。

「30代後半はすごく一気にいろんなことが起きて、自分の中のエネルギーが沸き立っていた感じでしたね」

『結婚しないかもしれない症候群』の発表から、30代前半までは忙しすぎたのもあって、心身のバランスを崩しがちだったという谷村さんですが、30代後半になって、孤独だなという思いに押しつぶされそうになり、子どもが欲しいという気持ちも理屈ではなく内側から募ってきました。

「その頃、真剣に男と出会おうとしていて、毎晩のようにクラブに行ったり、遊んだりしていたので、男女問わず友達も急激に増えました。一気に気持ちが外を向いて、まったく知らない世界の人たちとの時間が増えた。男だけ探していたわけじゃなかったですけど、『いい男いないかな』って、よく公然と口にしていたので、女友達に『目が泳いでいて落ち着かないから、あなたは壁のほうを向いて座っていて!』と言われたこともありましたよ(笑)」

そんな出会いの中で、必要な関係だけが残り、いよいよ本当の意味でひとりになる覚悟ができたときに現在の夫と知り合い、結婚。妊娠中から出産、子育てという怒涛の時期と平行して、函館を舞台に繰り広げられる、女三代の愛を描く長編小説『海猫』を7年かけて執筆していました。

「母になって家族との時間があり、もう一方では『海猫』というある種苛烈な作品とずっと向き合っていて、私の中では両方が共存していました。でも、娘が小さい頃は話し足りないこともあって、今から振り返るとごめんね、と思う時もありました」

 1児の母としても仕事とは全く異なった人間関係も広がっていくにつれ、気づきもあったそう。

「専業主婦をしていても、結婚を機に仕事は全てをやめた優秀な人もいたりして、一人ひとりの中に物語があり、それはかけがえのないものなんだということに改めて気付かされました。目をギラギラさせて女友達に『壁に向かって座っていなさい』と言われた時には感じ取ることのできなかった、華やかさとは離れた場所で発揮される人の強さとか、優しさとか。ずっと走り続けてきた状態からゆっくり歩くような歩調になるにつれ、作品にもゆっくり向き合って書けるようになりました」


男と女は“相互作用”
接し方ひとつで何かが変わる

 

現在55歳の谷村さん。大人の余裕と色気をまといつつも、時折見せる、屈託のない笑顔にどきりとさせられます。どうしたらそのように美しく、かつみずみずしく年齢を重ねていけるのでしょうか。

「色気なんて全然ないですよ! 出し方も忘れちゃったかも。でも、よく女の人が『女として見てもらえなくなった』と言うのは、ずるいと思っています。これって男も女もお互いさまで、相互作用だと思うんですよ。子どもができると、パパとママと呼び合う人もいますけど、夫は私のパパではないし、私も夫のママではない。私の方が家にいる時間が長いので、夕飯の支度をして待つことも多々ありますが、いきなりどーんと食事を出すんじゃなくて、『今日は何を飲みながらにしようか?』みたいな接し方があってもいいと思うんです。私が家庭の中で気を付けていることがあるとすれば、たぶんそういうことかも」

日々、やらなくてはならないことに追われ、夫のことがついおざなりになるのはよくある話。そんな中、家で向き合う時間くらいはあえて妻と夫を演じるくらいの気持ちで相手と接することで、適度な緊張感が生まれて夫との関係性に変化が芽生え、それが大人の余裕や色気につながっていくのかもしれません。

「私、もう一つ思っていることがあって、自分の内側から沸き起こる欲求には身を任せていけばいいと思うんです。女性からどんどん新たな出会いを求めていいと思うし、誘えばいいし、何歳までに結婚や子どもを考えている、なぜなら仕事を続けたいから、というような思いも率直に話し合う姿勢を持つ。そういう鮮やかな“王手”をかけていく女は私は好きですね。痛恨のミスはあるかもしれないし、痛手を受けて帰ってきても、最後に女友達が一緒になって笑ってくれれば、なんとかやっていけるものです」

30代後半の狩りをするようなギラギラさはとっくに過ぎ去っていても、常に扉を開けて前進しようとする心意気が、谷村さんをより魅力的に見せているのかもしれません。
 

そんな谷村さんが新しい小説のテーマに選んだのは“移植医療”。難しいテーマに挑んだ理由と、綿密な取材から見えてきた知ってもらいたかった世界とは……インタビューの後編は、12月22日に公開いたします。

 

 

『移植医たち』
谷村 志穂 著 ¥1900(税別)新潮社

1985年、最先端の臓器移植医療を学ぶために渡米した3人の日本人医師を待ち受けていたのは、努力も夢も報われないシビアな命の現場だった。苦難や葛藤を乗り越え、やがて日本初の移植専門外来を設立する彼らを支えた想いとは……。
 

撮影/今給黎香里 ヘア&メイク/森野友香子(ペール)
取材・文/吉川明子 構成/川端里恵(編集部)