『女は二度決断する』
監督:ファティ・アキン
出演:ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヌーマン・アチャル 他
配給:ビターズ・エンド 4月14日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
©2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production,corazon international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


ニュースから聞こえてくる、ヨーロッパを揺るがしている移民、難民の受け入れと右傾化。
『女は二度決断する』はドイツで実際に起きた連続テロ事件を題材に、その現実を生々しく突きつけてきます。映画を観る前は遠くの国の話題のように感じていたとしても、この作品を観た後では、他人事として聞き流したり評論したりできなくなるかもしれません。ヒロインの壮絶な痛みが日常生活に入り込んできて、“もしも自分なら?”と考えずにはいられなくなる、そんな力を持つ映画です。

 

主人公はハンブルグでトルコ系移民の夫と幼い息子とともに幸せに暮らしているドイツ人女性、カティヤ。爆破事件でふたりを失ったカティヤは、夫が前科のある移民であることなどを理由に、心ない扱いを受けます。容疑者として逮捕されたのは、人種差別主義のネオナチグループ。裁判がはじまったものの証拠不十分で思うような裁きが下されない理不尽な状況のなか、彼女はある計画を思い描くようになるのです。

サムライのタトゥーを入れたカティヤはワイルドで強い印象を抱かせる女性ですが、世界中のどこにでもいる、かけがえのない家族を愛するひとりの妻であり、母です。家族を一瞬にして失った彼女の想像を絶するほどの悲しみ、怒り、そして絶望の向こう側に横たわっているもの。この映画は加害者側ではなくあくまでも被害者側の思いにフォーカスして、今の世界の断面を見せてくれます。

監督はドイツでトルコ移民の両親のもとに生まれ、これまでベルリン、カンヌ、ヴェネチアと世界三大映画祭で高い評価を得てきた名匠、ファティ・アキン。たくさんの遺族の話を聞いてカティヤという役に魂を込めたのは、フランスやハリウッドなど国際的に活躍するドイツ出身の女優、ダイアン・クルーガー。初のドイツ語での演技でカンヌ映画祭主演女優賞を受賞しました。

復讐、暴力、負の連鎖。いくつものキーワードが頭のなかに浮かんでは消えて、あまりにも衝撃的な最後の決断を下すカティヤを責める気持ちにも、完全に受け入れる気持ちにもなれませんでした。彼女の行動を善悪や正しさでジャッジすることなく“決断”だけを目の前に差し出してくる映画だからこそ、容易くは答えの出ない問題が自分のことのように胸に刺さってきます。

 

PROFILE

細谷美香/1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。
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