おはようございます
百瀬今日子です

 

先日、彫刻家のイサム・ノグチ(1904-1988)についてご紹介いたしました。
 

彫刻のみならず、家具のデザイン、パリ・UNESCOや、東京・青山にある草月会館の庭園、そのほか舞台装置、札幌・モエレ沼公園といった広大な野外作品など 幅広く手掛けたアーチスト。

 

イサム・ノグチは、アメリカ人と日本人のハーフということで、


アメリカにいれば、日本人、

日本にいれば、アメリカ人、と、

 

時代背景もありむずかしい境遇がおありでした
 

それは彼のアイデンティティにもかかわることであり、作品にもつながっていったといえましょう。

 

今年は戦後70年。

ヒロシマに原爆が投下されたのが


1945年8月6日。
ちょうど70年前の本日です。


戦後、イサムノグチは来日し、広島の原爆跡地をたずねています。


当時広島では、原爆慰霊碑を作る計画が進んでおり、イサムノグチの案は最終段階までのぼりつめたものの、アメリカ人と日本人のハーフという理由で、却下されています。
 

建築家の丹下健三氏は、そのノグチのデザインをほぼ引き継ぎ、現在の慰霊碑となっています。


日系でありながら、アメリカ人であるから却下。
日米の懸け橋をめざしたノグチ。


このことを知った岡本太郎氏は、「ノグチさんこそ、やるべきだ!」 と怒りをあらわにした、といったことを、耳にしたことがあります。
 

 

広島平和都市記念碑
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/VirtualMuseum_j/tour/ireihi/tour_20.html


立年月日1952(昭和27)年8月6日
建立者 広島市

設計者 丹下健三(当時・東大助教授)

画像撮影・所蔵・提供:広島平和記念資料館