北斗晶さんの乳がんのニュースを見るたびに心が痛みます。
完治することを願っています。

私には、ブラジリアンワックスを愛してくれたデンマーク人のお客様がいます。

2011年震災前に・・・
享年53歳です。

毎月1回、広尾からママちゃりで立ち漕ぎして15分で着いたわよ!と言いながらサロンに入って来ます。
いつも真ピンクの口紅を塗ってマシンガンのようにお話をします。
この私がYES!しか言えない。とっても豪快なデンマークのお母さんです。
彼女はデンマークで助産師をしていたのでブラジリアンワックスが終わる度に、私が施術のベットに乗せられて聴診器のような(ラッパみたいな形)をした物を私のお腹にあてて赤ちゃんの心音を聞きます。

そして、直診までして、まだ頭が下りてきてないから、まだ生まれないわね!というような感じの豪快にお世話してくれたことを思い出します。

娘を出産した2008年12月末にお見舞いにも来てくださいました。

その時、次の日に手術をするのよ!
ゴルフボールぐらいになっちゃったからといわれました。

放射線治療もするから、当分ブラジリアンワックスもできなくなっちゃうから毛が生えたら予約するね!と言って元気よく帰っていきました。
2009年2月入って少し毛が生えてきたからとご予約を頂きました。
サロンにいらっしゃったときにはウィッグを付けていました。
いきなりウィッグを取って、これよくできているでしょう!
元気になったら!このウィッグをガンで苦しんでいる人に無償で提供できるお手伝いをするのとおしゃっていました。

私がお会いできたのは、この日が最後でした。

その後、もう片方にもガンが転移して最後は脳に転移したそうです。

それを知ったのは、お嬢様から予約があったからです。

母が通ったサロンに行きたいと思ってくださったからです。

私は、サロンの玄関で思わず泣き崩れてしまいました。

お嬢さんは毅然と母のために泣いてくれてありがとう。
当時はまだ20歳です。涙が止まらなく。

施術中は豪快なお母さんの話をしながら大笑いして大泣きをして。

お嬢さんは日本にこんなに母を心配して泣いてくれるひとがいて幸せだったと。

別れ際に辛く悲しいお別れですが、母が大好きだったサロンを続けてください。と言ってくれました。

出産祝いに頂いたぬいぐるみはデンマークのお母さんの形見です☆
ずっとサロンを見守ってくれると思います。

ブログを綴りながら、また思い出して涙が止まりません。
そして、ビューティシャン冥利に尽きます。

松丸弘美(まつまる・ひろみ) 1970年 千葉県市川市生まれ。実家の梨園農園を営む両親の背中を見て育ち、自分でも何かを創くる事を漠然と考えていました。ダナ・キャランの服が大好きで19歳の時にNYまで行き挫折し。20代は香港で仕事中に突然難病と宣言され闘病し奇跡的に回復。その後、アメリカ・オーストラリアへ渡米しBEAUTY を学び。30歳で表参道にShou BEAUTY SalonをOPEN。当時はまだ数少ない『ブラジリアンワックス』を提供し。去年15周年を迎えお客様からの褒め言葉『BEAUTY OTAKU』を頂き。今年の1月20日よりWEBマガジン『mi-millet』のBLOG 公開中!『アンダーヘアの白髪・タルミ』の悩み相談募集中! www.shousalon.com