2016.1.4

会ってみたいと思わせるひと

母が短歌をやっている関係で、こんな歌詠んでみて、この文章素敵よと紹介してくれる。

お正月にぬくぬくしていると、知り合いにむかし出した本があるから読んでみてと差し出された本が楽しいの!と。どれどれ、短歌は凝縮されているから何首か詠むとその方のバックグラウンドや置かれた立場、近況、人となりが伝わる。短歌ではなく日々のエッセイ集だったのだが、あまりの面白さに一気に読んでしまった!そして、この文章でなんと92歳だと感じさせない若々しさだった。ご本人曰く、こどもの頃からお転婆で、冒険好きだったと。その本のタイトルは、神様の声。著者は青木君子さん。新春から笑いが止まらず、また文章を通じ、是非会ってみたい、と思わせる人リストに入った!

本は出会い。新春からこんな楽しいエッセイに出会えるなんて笑っぱなし!

日々のつれづれを楽しく飾らず描く様子に、年齢を一切感じさせないのだ。

いつまでも、人生でチャレンジや冒険する気持ちを忘れたくない。

しかしこのタイトルの神様の声、もうそろそろお転婆は卒業して、旅行も控える時が来たとの合図である。読者としてはもう少し青木さんのお転婆振りを拝見していたい、そんな心境にさせる。が、”急に臆病になった”のフレーズがきっと誰しもがいづれ通過するであろう感情なのだと、胸がつまる思いを同時に感じた。

椎名林檎の「旬」の歌詞がふと頭をよぎった。

生きているうちはずっと旬だと、そう裏づけて

充たして

いまを感じて覚えて何時もより。

生きて生きて活きて居よう。

わたしも素敵にお転婆にこの先の人生を是非送りたい!