おはようございます
百瀬今日子です


岡本太郎さん。


尊敬しているかたのお一人です。


いつかこのブログでもご紹介したい、そういえばお誕生日などはいつなのかしら、と思って検索してみたら、、、

なんと!

2月26日

今日がお誕生日!!!


これはなんらか書きなさい! ということ?!笑


以前、岡本太郎氏について書いていた文章があり、
今回はこれをもって先生のお誕生日に寄せてみたいとおもいます。

 

 
愛読する岡本太郎氏著作の一部。


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「東京の蝉はアスファルトに死す」 2011年3月6日


岡本太郎氏のドラマ「TAROの塔」

圧巻


「芸術家は、芸術家である前に 人間であるべき」

「お母さん 芸術が僕らを待っています」

 

岡本太郎氏には 少し特別な思いがある

実は大学時代 卒業論文で扱わせていただこうと 少し動いたことがあるから


1995年。

阪神大震災やオウム事件で揺れた年。

岡本太郎氏はご存命だった

 

岡本太郎氏は

当事 正直 芸術界から あまりいい扱いをされていないこともあった

しかし 私は尊敬していた

強烈だった

 

ある日本の彫刻家が

「芸術は爆発してはおしまいだ」

といった コメントを出していたことがあり、

「何言ってんだ」と憤慨した

 

けれどこういうかたの方が

いわゆる日本芸術界において

あるポジションを持っていた

 

当時、大学4年だった私は岡本太郎氏を研究しようと少しリサーチをはじめた

しかし、存命中でありながら、過去の岡本氏の著作は、ほぼ絶版で、国会図書館に行かなければないに近い状態だった

岡本氏の門戸を叩くことも考えたが、それも失礼のように感じ (ご病気とも聞いていた)、 結局は べつの作家の研究をしてしまった

1996年、岡本氏がお亡くなりになり、氏の著作は続々と再版された

改めて日の目を浴びることに すばらしさを感じたが、亡くなってから続々と、というのがあまりに皮肉と 私には映った

 

岡本氏は ある意味

蝉のような生き方だったのだろうか

東京のアスファルトで死んでいる蝉を見て そう感じた

大きく鳴ききった後、死んでいく蝉。

しかし その大きさや夏の暑さを懐かしめるのは 蝉が死んだ秋に入ってから。

某美大の先生から頼まれて、表題と同じタイトルで寄稿したこともあった。

それからまた年月が過ぎていった

 

そしてドラマを見ながら気づいたことがある

論文にしなくてよかった、と。

研究者的な目線で

とらえては面白くもなんともない

人間として、ただファンでいたい

岡本先生と向き合う上で 私はそういたいと感じた

 

先生は一枚も絵を売らなかった

公共的な 一般のひとが手に取れる、見られる作品を発信し続けた

壁画であったり、お酒のおまけだったり、万博であったり。

 

 

先日 渋谷で 岡本先生の壁画の通路を歩いた

空間を共有できたことだけで幸せだった

こういうことを岡本先生も

望んでいらしたのかもしれない どうなのだろう

生活の中に溶け込み そこから人々がパワーを受け止めたり、孤独をかみしめたり。そこからさらにどこかへパワーが投げかけられたり、。

「美術館」といった、「管理された特殊な場所」でなく。



岡本太郎先生と 少なからず

同時代を生きることができたことに感謝している

 

「薔薇薔薇」という深夜番組 好きでした~

 

 

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岡本太郎先生、お誕生日おめでとうございます

百瀬今日子でした
m(__)m
 

追伸:
NHKで2011年放送された「TAROの塔」というドラマ。
松尾スズキさん、常盤貴子さん主演。
 

 

画像:アマゾン「TAROの塔」DVDBOXより



東日本大震災の時期と重なって、たしか第3回目の放送がきちんと見られず、その後も再放送があったのですが、見逃してしまっています。戦争から帰ってくる太郎氏の回。。。

どうしてこのドラマはNHKオンデマンドで発信されないのだろう。。。
お願いします~!