光野桃「美の眼、日々の眼」

2017.5.9

日傘とハンカチーフ

紫陽花のような丸い花模様のレースが、木漏れ陽のように光を揺らす日傘。光の陰影と白のレフ版効果で、さすひと誰をも美しく見せてくれます。ビッグフラワー刺繍長傘 40㎝ 綿100% ハンドルは楓。/ボンボンストア

初夏になると、いつも思い出す情景があります。

それはまだ幼かった頃、母と二人で出かける時のこと。

新緑が萌える川のほとりの並木道を歩いて駅に向かう途中、ひときわ大きな桜の木の下へ来ると、母は決まって「ちょっと待ってね」と立ち止まり、つないでいた手を離して汗をぬぐうのです。

手を離された心もとなさに、思わず見上げると、母はハンドバッグの中から取り出した純白のハンカチーフを、そっと額に当てています。

もう一方の手でレースの日傘をさしたまま、ああ、暑い…と呟くように言う母に、家の中でなじんだお母さんとは違う、ひとりの女のひとを感じて、どきりとしました。

昭和30年代、婦人たちは夏となればいち早くコットンやサマーウールの鮮やかな花柄のワンピースに着替え、太いも細いも関係なくおおらかにノースリーブから腕を出していました。

6月には単衣の着物、と同じように、夏はノースリーブ、と決まっていたのでしょう。そしてお出かけには白のバックベルトパンプスとお揃いのハンドバッグ。

むき出しになった母のふくよかな二の腕を目にすると、わたしはなぜか安心し、日傘の下でまた手を繋ぎ、歩き出すのでした。

どこかに手縫い的なやわらかな雰囲気があり、優しい色で、天然木の持ち手、そしてできれば素材は麻で…。母の面影を追いかけるように日傘を探して約10年。やっと見つけた理想の日傘は、幼いころから傘が好きだったという井部祐子さんがデザインするボンボンストアのものでした。麻は最高に涼しく、まさに木陰で涼むが如くです。手刺繍によるステッチ、内側から光に透けるリズミカルなネップ、胡桃の木のハンドルも美しい1本棒風長傘ラベンダー 47㎝。

いま、日傘を持つひとは少ないのかもしれません。それ自体を知らないという若いひとも増えているようです。

帽子があればいいし、どうしても必要なものではないかもしれませんが、日傘をさす女のひとほど美しい佇まいはない、とわたしは思います。

夏の白い光の中をゆっくりと歩いていく姿は、日本女性の美質をすべて表しているような気がするからです。

穏やかで、たおやかで控えめ、それでいて芯のところは強く、自立している。

日傘はカップルで歩くにはふさわしくありません。ひとりだからこその詩情が、傘のつくる光と影のあわいに溢れ出るのです。

できれば木のハンドルの、少し厚めのしっかりした布地でできた日傘と、スワトウ刺繍か、白麻にイニシャルを刺繍したハンカチーフ。

日傘の下で汗をぬぐう母のしぐさにときめいたときから、いつか大人になったら、と心に決めた、わたしの夏仕度です。

2本目の日傘として持ってみたいクリアで華やかな色。傘の部分が小ぶりで、しっかりした地厚コットンなので、帽子感覚でサッとさせ、傘をささない人と一緒に歩いても邪魔にならない。日傘は涼を取り、涼しげな美しさを演出するもの、雨傘は雨の音を楽しむもの、と井部さん。両用は汚れやすいので、できたら分けた方がエレガントでしょう。レース長傘40㎝ショートタイプ ハンドルはエゴノキ。/ボンボンストア
ボンボンストアの傘はオンラインショップ、全国のセレクトショップ、ポップアップキャラバンなどで販売しています。5月24日~6月6日伊勢丹新宿店本館1階婦人雑貨・傘売り場。6月13日~7月2日ビームスブラネッツ横浜にてポップアップキャラバンがあります。
スワトウ刺繍は中国広東州東部の街、汕頭が発祥の、中国三大刺繍のうちのひとつ。1858年の天津条約を機に、ヨーロッパの宣教師たちが伝えた刺繍技法が、もともとあった中国の技術と融合したものといわれています。白い麻や綿に、主にドローンワークで刺繍が施され、白に白の清潔感と贅沢さがありますが、日本のこぎん刺しや刺し子と同様に、刺繍が施されているため丈夫で、洗ってアイロンを掛ければ長期間美しさを保ち、一生でも使うことができるものです。現在は職人が減少し、技術の存続が危ぶまれています。大切に手入れをしながら使っていきたいものです。写真は光野私物。