光野桃「美の眼、日々の眼」

2017.5.16

笑顔じゃなくても

50代になってから、縁あってオーストラリアのタスマニア島によく出かけました。美しい滝のある「リッフィーフォールズ州立保護区」の巨大シダの森。見つめていると不思議な古代の感覚にとらわれます。

『いい親よりも大切なこと』という本を読んでいた時、目が釘付けになった言葉がありました。

ふたりの保育士の女性が書いた、この子育て指南書、「子どものために”しなくていいこと”こんなにあった!」というサブタイトルに惹かれ、手に取ったのです。

「子育てが楽になる! たった6つの「しない」こと」という項に「いつも笑顔じゃなくていい」という言葉を見つけ、ハッとしました。

長い人生で「笑顔じゃなくていい」と書かれた言葉なり書物なりに出会ったのはこれが初めてです。日本は、笑顔が尊ばれる国。写真撮影の時、必ず笑って、と言われますよね。

けれど、幼いころから、わたしは笑うことが得意ではありませんでした。

歯並びが悪くて口を開けることに抵抗があったこともありますが、それよりむしろ、笑いたくなるようなことが少なかったのだろうと思います。

遠くの小学校に通っていたため、下校しても近所に友達がおらず、一人遊びが当たり前でした。自転車で駆け回り、それに飽きると家の裏の楠に登って本を読む。

心躍る世界は本と観察のなかにあり、それは自分にしかわからないことでしたから、ひとりでニヤニヤすることはあれ、ひとさまに向ける笑顔は極端に少なく、ボーっとした子でした。

女の子らしい愛嬌があるはずもなく、長じてからは、いつも不機嫌そうに見えると親や親戚に言われ、ついたあだ名が「仏頂面子」。

社会人になり、勤め始めた会社で、上司に会議室に呼び出され、もっと笑顔を見せろと注意されたのですから、まさに仏頂面子の面目躍如です。

こんなことで怒られる新人なんて、あまりいないのではないでしょうか。

子どものための情報があふれる今、その情報通りに出来ない自分はダメ親と思ったり、正解がわからずに途方にくれたり、本来、役に立つはずの情報が逆にお母さんたちを苦しめているという現状に対し、「しなくていいこと」に特化した提案をする姿勢が斬新。いないいないばあはやらない、元気に楽しくばかりが遊びじゃない、子どもを100%愛そうとしなくていい、子育てに軸はいらない、といった具体的、かつ経験的なアドバイスは、子育ての場以外にも役に立つ含蓄に溢れています。 「いい親よりも大切なこと」小竹めぐみ 小笠原舞著 新潮社刊

20代の終わりに結婚し、子どもを産むと、笑顔が少ない自分に強い罪悪感を覚えるようになりました。

子どもたちと接する保育士さんも他のお母さんたちも、輝くような笑顔です。でも、子育ては不安だらけ、わからないことだらけで心に余裕もなく、笑うような心地には程遠かった。

子どものしぐさに思わず笑顔になるものの、次の瞬間、もっとこうしなければ、ああしなければ、と自分を責めたて、子育ての責任と重圧で、笑みはすぐに掻き消えてしまいます。

わたしの母は専業主婦で、いつも太陽のような笑顔のひとでした。

母の大きな笑顔が好きだったと同時に、娘になかなか笑いかけることができず、いつもピリピリ、不機嫌で厳しい自分、そして一向に成果の上がらない子育てが劣等感になりました。

ところが、50代なってから、自然な笑顔ができるようになったのです。

母を見送り、主婦業が一段落したころ、介護の疲れを癒すために山や森に誘ってくれる仲間ができ、今まで経験したことのない大自然の中で過ごしました。

ただ自然の息吹を全身で浴びるだけで、心の奥底から歓びに満ちた静かな笑いが込み上げてくるのです。

それを体験した時、初めて自分を許すことができた。と同時に、泣くことも怒ることも、自然に任せていいのだ、と感じました。

大人なら、そんな感情は露わにしてはいけないと自分を戒めてきましたが、その縛りを解こうと思ったのです。

『いい親よりも大切なこと』には「笑顔、元気が一番、という思い込みをやめる」とあり、喜怒哀楽のすべてを感じ、負の感情とも向き合うことの大切さが書かれていました。

親自身がそのひとらしく、個性を尊重して生きることが、子どもを育むためにも大切なことだ、と。

30代の時にこの言葉と巡り合っていたら、どれだけ楽になれたことでしょう。

娘はそろそろ三十路、結婚も視野に入ってきました。そんな彼女に対し、後ろめたい気持ちは今も消えません。

とはいえ、笑わない母親に育てられた娘は、コロコロとよく笑うキャラクター。その姿を見ると、子どもは生まれ持った本来の資質8割で育っていくのかも、という気もします。

子育ても仕事も、生きることはすべて、あまりがんばりすぎないこと、食い下がらないこと。そして自分がまず心地よいこと。

笑顔じゃなくても、それでいい。それがあなたらしいのならば。

かつての自分に、今ならそんな言葉を掛けてやりたい気持ちです。

左は、タスマニア島のワイングラスベイをトレッキング中。日焼けして、毎日よく食べ、パンパンに膨れております。右は、信濃追分で知人の軽トラに乗せてもらい、秘密の滝に行ってクレソンを摘むところ。どちらも55歳の頃です。