光野桃「美の眼、日々の眼」

2017.7.11

なぜか泣けてしまったー沖潤子展「月と蛹(さなぎ)」を観て

会場の奥のスライドに映し出される刺繍。4分ほどのスライドショーの音響は、沖さんの娘である音楽家、沖メイさんが制作した。刺繍しているところに録音機を置き、刺繍と、その環境のすべての音を収録。「針が布を刺して進んでいくときの音は、蛇がひそやかに這う音に似ていました」と沖さん。

わたしが愛してやまないアーティスト、沖潤子さん展覧会が銀座の資生堂ギャラリーで開かれています。

沖さんは2002年から、まったく独自の手法で刺繍を始められましたが、わたしが出会ったのは3年前、「PUNK」という作品集がきっかけでした。

金箔押しの函装、糸かがりの背、それだけでも驚愕の迫力でしたが、ページを開くと圧倒的な色と糸の洪水に息を呑みました。

これだ! と思いました。わたしが人生を通してずっと探し求めてきた芸術、表現、もっと言えば「魂の表出」に出会った、と確信したのです。

それは、今まで経験した「感動」といった心の動きをはるかに超えるものでした。ページを繰るごとに涙が止まらなくなったのです。もう泣けて泣けて、どうしようもありません。
その日から、沖さんの仕事を追いかけるようになりました。

すぐにサイトを調べて、金沢21世紀美術館の展覧会に行き、帰京した翌日、表参道のディーズホールで始まったグリグリという小さなお守りのペンダント型布袋と小作品の展示会に。

そして今春、ブリュッセルでの初の海外個展の余韻もさめやらないうちに始まったのが、銀座資生堂ギャラリー「月と蛹」展です。

 

地下の会場に降りると、デ・キリコの絵画を思わせる光と影のインスタレーションが空間いっぱいに広がっていました。

鉄枠に包帯を巻き、作品を糸で枠に留めつけた展示は、布に施された刺繍を表裏どちらからも観ることができ、そして不思議な浮遊感をもたらします。

床には作品の影が、まるで生きもののシルエットのように落ち、子どもがやって来ると、すぐに影踏みを始めるとか。

 

「月と蛹」というタイトルはいかにも沖さんらしく、また特別に意味深い印象があります。

会場で配布されるパンフレットに載っていた言葉をここに引用してみます。

――自然界の蛹について話を聞いた。
外皮を形成し終えた幼虫は、外皮の中で生殖器と神経のみを残しドロドロに溶解し、
成虫へのメカニズムは未だ解明されていないという。
命がけの成長に驚き、神秘に魅かれた。
小さな家に籠ってほぼ1日手を動かす自分を蛹に重ねる。
虫が蛹を経て蝶になるという大業を自然にやってのけるように、
私も自分のゆくえを知っているはずだともがく。

作品は変容を続ける私の皮膚である。
制作をしながら幼い頃のことが幾度となく思い出され、
半世紀をかけ自分が未だ答を得ていないことに気づいた。
このまましばらくは羽化することなく
皮膚の下で蠢いていたいとねがう。

「蛹について」より

 

沖潤子さんは1963年生まれ。キャラクターデザインの企画会社に勤めていた40代の時、仕事に必要な感覚と自分自身の表現との齟齬に苦しみながら、オリジナルでネクタイやバッグを作りはじめました。

あるとき、亡くなった母が遺したたくさんの布を前に考えあぐねていると、当時、中学生だった娘のメイさんが、その1枚をザクザク切って刺繍をしたトートバッグを作ってくれたのです。

ああ、切ってもいいのだ、自由に作っていいのだと衝撃を受け、衝動的に糸と針を持ち、感覚の赴くままに刺していったのが最初だと言います。

刺繍されることによって、もはや立体と化したかのような古い布たちは、別の面差しを纏って、生まれ変わったように見えます。

それぞれの布が、刺された糸によって変容している。あるものは火山のように、またあるものは果物のように、血管のように、宇宙のように。

その様に、自分にも自由が与えられていることを知り、激しい解放感を感じました。

小展示室のテーマは「伝言」。集めた千本の針を、豆腐から象った模型に刺した作品。 ――このおびただしい針は、私の意思のみでこの場にあるのではなく 母や母やそのまた母、或いは私につながる女性たちが私に持たせた針ではないか。針を持つことで何かに気づき、脈々としたものの存在を知るはずだと 伝言を込めたのではないか―― 「月のもとに思うこと」パンフレットより一部抜粋

今回の展覧会では、5分もしないうちに涙があふれてきました。

その感情をまだはっきりと言葉にすることはできません。

わたしは、手仕事はからきし苦手な不器用な人間ですが、常に針と糸と布がある家庭に生まれ、母と祖母の手作りの服を着て育ちました。

針や糸、古い布は人生の記憶と直接結びついています。

でもそれだけではなく、作家が全エネルギーを賭けた刺繍から発される強い熱量に触れることで、女であること、女として生きていくことを肯定されるような気がするのです。

おおらかな、温かな、強い腕でそっと抱きしめられるように。

観終わった後、灼熱の銀座通りへ出たとき、いままで女として傷ついてきたその傷口が、見えない糸で縫い合わされ、美しい模様に変えられている、そんな気がしました。

作品集「PUNK」文藝春秋 全ての写真を沖さん自身が撮影。写真に添えられた言葉も詩のように素晴らしい。 沖潤子展「月と蛹」は第11回資生堂アートエッグの入賞作展として7月23日まで開催。 作家在廊日は土日で、時間帯や他の日の情報はツイッターで随時告知される。美術手帳web版にインタビューも。