光野桃「美の眼、日々の眼」

2017.8.8

写真集「ひろしま」をひもといて

石内都著「ひろしま」2008年 集英社刊

毎年、この時期が来ると、ああ今年もまた行くことができなかった、と苦い後悔が込み上げてきます。

思えば小学生の頃から、いつかは広島に行かなければいけない、直視しなくてはいけない、と思いながら、ついに還暦を超えてしまいました。

観光や物見遊山で行ってはいけない。そんなトラウマめいた気持ちは強いのですが、なかなか足を踏み出すことができないでいます。

振り返ることなく突き進んできた

わたしは戦後の高度成長期に生まれました。

敗戦からわずか10年ほどしか経ていないにもかかわらず、まるでそのことを忘れたかのように日本中が前を向き、活気に満ちて先へ先へと突き進んでいた時代でした。

テレビ、冷蔵庫、扇風機に自家用車。母はビーフシチューが得意で、日曜日には家族そろって中華料理を食べに出かけました。

けれど、駅前には白い包帯をぐるぐる巻いた傷痍軍人がアコーディオンを弾いて、道行く人に施しを受けていました。

たいていはガード下に、ふたりで並び、黒いメガネをかけたひとりは立ち、もうひとりは片足を投げ出して座っていました。

大勢の人々が闊歩する華やかな渋谷駅の、そこだけが陰りを帯び、冷え冷えとした空気が漂っていました。

戦争というものに対する漠然とした恐怖が、ざわざわと胸の裡で揺さぶられました。

見てはならない。同情は傲慢だ。足早にそこを通り過ぎるたび、身の置き所のないような複雑な感情が起こりました。

戦争のことは忘れ、未来を見つめて頑張ればいい。頑張ればきっとよくなる、誰もがそう信じていたのです。

石内都の「ひろしま」に出会う

最近、日本をダメにしたのは、わたしたちの世代かもしれない、と思うことがあります。

戦争に対する恐怖心だけが異常に強い弱虫で、現実には繁栄していく国の快楽を丸ごと享受してきたのが、わたしたち昭和30年代生まれだからです。

常に、あるうしろめたさを感じてきましたが、初めて写真集「ひろしま」と「fromひろしま」を手にした時、日本を代表する世界的写真家で、しかも年上である石内都さんが、この仕事を受けるまで広島に行ったことがなかったと知り、正直ちょっとホッとしました。

石内都の「ひろしま」は、広島平和記念資料館から依頼され、同館が保管している約19,000点の被爆死した人々の遺品と被爆した品物の中から、直接肌身につけていた品物を選んで撮影された写真集です。

撮影は2007年の1年間をかけて行われました。

撮影を終えて、はじめて訪れた広島の町で、石内さんは「固定された広島なるもののイメージが解きほぐされていった」と書いています。

衣服に宿る個々の時間がよみがえる

「ひろしま」の最初のページに掲載されたワンピース

下からの光で撮影された服たちは透明感があり、一見、アート作品のように美しく見えます。

しかし、思わず眼を近づけると、その瞬間、愛らしい花柄のフリルに見えた部分が、皮膚に焼き付いた布を剥がした跡のよじれだと気づきます。

石内さんは後年、なぜこの仕事を受けたのか、という質問に対し、「原爆ドームを実際に見た時、思ったより小さくて、可愛いと感じたから」と語っています。

その言葉を知った時、ああ、原爆ドームは原爆ドームではなかったのだ、もとはチェコ人の建築家によって設計された広島県産業奨励館だったのだ、と、当たり前のことを思い出しました。

悲惨さばかりを思うこともまた、そこに生きたひとりひとりの人生を、街の気配を、固定化してとらえることにほかならない、と気がつきました。

「ひろしま」の巻末エッセイで、石内さんは撮影の様子をこう書いています。

――東京から運んできた人口の太陽(ライトボックス)にかざすようにしてワンピースをソッとおく。
 生地が織られ、裁断され、縫い合わされて、その日の朝に着ていた背景が浮かびあがる。戦争と科学の実験の場にされた町に遺る品物は、何も語らず、ただそこに在るだけなのに、ディテイルの過激な陰りと裏腹に、鮮明な色彩と上質な布衣(ぬのごろも)のテクスチャーに思わず息をのむ。光の中を漂う時間の糸が無数に交差して、記憶の泉になっていく。小さなモノ達は自然の光のもとに連れ出して、忘れてしまった本来の姿に近づける。資料となってしまった日から今日までの時間は、私の生きてきたのとほぼ同じ長さであることを実感する。
 今、私に出来ることは、眼の前にあるモノ達と共有している空気にピントを合わせ、その場の時間をたぐり寄せながらシャッターを押すだけだ。(「ひろしま」巻末エッセイ「在りつづけるモノ達へ」石内都著より抜粋)

魂は強く、いまもそこに在る

写真集「ひろしま」が出来上がっても、石内さんと広島の関係は終わりませんでした。

遺品はいまも、原爆資料館へと送られてくるのだそうです。2007年から2014年まで撮りつづけた遺品の写真は、大型本「fromひろしま」にまとめられました。
 
そのなかに、心を打たれた一文があります。

――あの日の時間を刻んだ品物は、硬くくすんでいるけれど、つかの間の自由を私と共に過ごすうちに、やわらかで色彩豊かな本来の姿にもどっていく。(「fromひろしま」あとがきより抜粋)

「遺品」とひとまとめに名付けられたものから、ひとりひとりの名前をもつ個人に属する服や靴へ。

写真によってそこに立ち還ったとき、持ち主の時間は甦り、それぞれの人生が現われてくるのを感じました。

前立てに、小さな赤い丸ボタンが可憐に並んだワンピース、レースの縁取りのついた細かなチェックのドレス、袖口と襟の濃い藍の色が今なお鮮やかなセーラー服・・・。

慈しんで身につけてきたであろう衣服に宿る魂は、人間の限りある時間を超えて、いまもなお生き続けているのではないでしょうか。

「ひろしま」、「fromひろしま」に映し出されたものは、残酷な死を越えて、確かに在る、魂の姿に思えてなりません。

ひとはただ生まれて死ぬだけではない。
魂たちはそう語りかけてくるかのようです。

そのとき、わたし自身にも勇気が起こり、もっと強く、もっと強靭になりたい、という気持ちが湧きあがってくるのです。

右は「fromひろしま」石内都著 2014年 求龍堂刊。 左は「フリーダ 愛と痛み」石内都著 2016年 岩波書店刊。 メキシコを代表する画家、フリーダ・カーロ。死後50年を経て封印が解かれた彼女の遺品を、フリーダ・カーロ博物館の依頼で石内が撮影したのは2012年のこと。大規模な展覧会が行われたメキシコ版とはまた別に、オリジナル編集されたのがこの本。撮影を追ったドキュメンタリー映画「フリーダ・カーロの遺品 石内都、織るように」のなかで「格好良く、わたし素敵でしょ、とフリーダが思えるように撮ってあげたいの」と語っていたのが印象的だった。