『パターソン』
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、永瀬正敏
配給:ロングライド ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中

Photo by MARY CYBULSKI © 2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.


ミモレ世代の映画好きのなかには、ミニシアターブームとともにジム・ジャームッシュの名前を知った人も多いかもしれません。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『ダウン・バイ・ロー』など80年代から詩情あふれるオフビートな作品を撮り続けているジャームッシュの新作が『パターソン』。ニュージャージーのパターソンという街に住む、秘密のノートに詩を綴っているパターソンという名前の男の一週間を描く物語です。

 

彼の仕事はバスの運転手。朝起きて、ベッドで眠っている妻のローラにキスをすることから、一日がはじまります。職場に着いたら同僚の話を聞き、車内の人々の会話に耳を傾けて、お昼になったら自宅から持ってきたランチを食べる(スタンレーのランチボックスがかわいい!)。帰宅後はふたりでテーブルを囲み、パターソンは愛犬マーヴィンと夜の散歩に繰り出して、バーに立ち寄ります。

パターソンの毎日は同じことの繰り返しのように見えますが、この映画がすくいとるのは、日常のなかに潜むわずかな変化。バスから流れるように見える街の景色、同僚の愚痴、乗客やバーのお客さんのおしゃべり、どれをとっても二度と同じものはありません。その“奇跡”を、パターソンは淡々と詩に書いていくのです。

 

物静かな夫に対して、妻のローラはいつもとても朗らかでエネルギッシュ。ギターを爪弾き、家のなかを自分のセンスで白黒に飾り、手作りのマフィンが売れれば、お祝いに古いホラー映画がかかっている映画館でデートをしましょう、と夫を誘うこともある。自分を満たす方法が正反対の夫婦のラブストーリーとしても、楽しめる作品になっています。

とあるトラブルを巻き起こす愛犬の存在感や、『ミステリー・トレイン』以来のジャームッシュ作品出演となる永瀬正敏のチャーミングな名演など、ずっと観ていたくなるような瞬間の連続でできている『パターソン』。すべての人、すべての出来事のなかに詩があって、詩を書く心と目で毎日を見つめれば世界はあらゆる喜びに満ちている。映画館を出る頃には、いつもと同じ何気ない景色が新鮮に見えてくるはずです。

 

PROFILE

細谷美香/1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。
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