光野桃「美の眼、日々の眼」

2017.10.31

少女だったあなたへ

日本少国民文庫「世界名作選」山本有三編、全2巻は、昭和11年に刊行され、美智子皇后が疎開先で愛読されていたということで有名にもなった児童文学選集です。1巻に「点子ちゃんとアントン」が収録されています。復刊は平成10年に新潮社から。昭和11年は、多くの専門家が関わる子どものための良書を出版することのできた最後の年と言われています。この年の2.26事件を境に、一気に戦争への道を突き進むからです。いまの時代と似た空気を感じないではいられません。恩地孝四郎や宮本三郎など、当時の錚々たる画家が描く挿絵も本格的なもので素晴らしいです。

なぜかいま思い出す、昔読んだ本たち

最近、なぜか子ども時代のことをよく思い出します。そしてそれは、読んだ本の一場面や言葉と一対になってよみがえってくるのです。

小学生の頃、夢中になった最初の本の記憶は、「こねこのピッチ」です。わたしが生まれる2年前、1954年に岩波書店から出版されたこの本は、現在でも当時と同じ挿絵で販売されています。

この頃から、動物はもの悲しい、という気持ちが芽生え、寂しげな曲調の「ぴっちの歌」なるものを作ってくちずさんだりしていました。

4年生頃になると、「15少年漂流記」、「シートン動物記」や「ファーブル昆虫記」、「ナルニア国物語」に夢中になり、そして「赤毛のアン」をランドセルの中に入れて、小学校を卒業しました。

「腹心の友」であるアンに、卒業式を見せたかったのです。

エーリヒ・ケストナーの「点子ちゃんとアントン」を読んだのもこの頃。ケストナーは、お話の面白さもさることながら、言葉そのもののリズムや、ちょっと毒のある言い回しが、面白くてたまりませんでした。

「前おきはなるたけ短く」の「なるたけ」とか、「すこぶる」を3回続けて書くとか、それだけでもうおかしくておかしくて、ひとりでニヤニヤしてしまいます。もちろん高橋健二の名訳の面白さなのではありますが。

つい先日、読み直してみたくなり、新潮文庫から出ている「世界名作選一」を買い求めました。


頭上に飛び交う夢の風船を割る

読んでみると、忘れていることがいろいろありました。

点子ちゃんのお母さんが遊び好きな女性だったことや、各章の終わりに「反省」というまとめがあることなど、こんな教訓的なお話だったかしら、それともブラックユーモアなの? と思いながら、子どもの頃に読んだものは、エッセンスがすべてからだに入ってしまうのだなあ、とあらためて思いました。

本を読むとき、わたしは様々な音楽や色を感じていました。それは色とりどりの風船が頭上いっぱいに飛び交う世界でした。

しかし、成長するにつれて、良いおとなにならなくてはいけない、というプレッシャーを自分に課すようになり、行動の選択に迷うようになりました。

良いおとなは、どうすべきか――その時は必死で考え、答を出したつもりでも、かなりトンチンカンだったはずです。正直に言えば、何が正しいおとなの選択なのか、いまでもよくわからないからです。

良いおとなたらねばならない、と考えることは、頭の上にふわふわと飛んでいるたくさんの風船を、ひとつひとつ割っていくような感覚でした。それも当たり前のことだと思っていました。


ひとかどの者にならなくていい

社会の規範となり、子どもたちの手本となり、しっかりした、忍耐力のある人物にならなければ。

本気でそう考え、努力した自分をけなげだと思います。

いつもボーっと空想に耽り、中空の一点を凝視して何時間もいられるようなタイプの子どもが、ひとかどの者になろうとすること自体、無理がありますよね。

でも、そう気がついたときにはもう、苦しみが多いおとなになってしまっていました。


少女は喜びを欲している

人生の暦が一巡して、良いおとなにはなれなかったけれど、少女の頃のボケーッとした自分も嫌いではない、と思えるようになってきました。

あんなに×ばかりをつけて、いじめすぎちゃったなあ、もっとよしよしと慈しんでやればよかった…。

そう思えることがとても嬉しく、それこそが、歳を重ねる意味なのかもしれません。

自分の中にいまもずっといて、体育座りしている少女。

彼女に焦点を当ててみると、どうやら喜びをほしがっているようです。

純粋な歓び、心震えるような歓びの瞬間を欲して、小さな腕を伸ばしているのです。

彼女のほしいものはただ、それだけ。

さて、どんな喜びをあげようかな。

夜も更けた頃、懐かしい児童文学のページをめくりながら、少女の自分と向き合って会話する。それが楽しく、しみじみと幸せな秋の夜長です。