CAという安定職を捨て、36歳で写真家に転身した在本彌生さん。前篇では、自分の好きなことの見つけ方、「簡単ではなかった」という転身の経緯について伺いました。後編では、好きなことを仕事にするということ、そして遅い転身ゆえの今後への思いについて、お話しいただきました。mi-mollet世代として共感するお話がいっぱいですので、是非ご一読ください!

在本彌生 1970年生まれ。東京都出身。アリタリア航空の客室乗務員として勤務しているときに写真と出会い、2006年に独立。多数の雑誌やカタログ、CDジャケットなどの撮影をおこなう。写真集に『MAGICAL TRANSIT DAYS』(アートビートパブリッシャーズ)、『わたしの獣たち』(青幻舎)、『熊を彫る人』(小学館)がある。


興味を持った対象にはグイグイいく

写真を撮ることは、「それだけで運動したような、瞬発的なエネルギーを使う」と語る在本さん。よく「好きなことを仕事にすると辛くなる」といった話も耳にするが、CAとの兼業から写真家の道一本に絞ったことで、大変なことはなかったのだろうか?

写真集『熊を彫る人』に掲載されている、屈斜路湖近くの硫黄山の風景。「藤戸さんが、『真冬に煙と夕陽がマッチすると神秘的なんだよ』と連れて行ってくれた場所。でもその後何度通っても、二度とこんな瞬間には出会えなくて。藤戸さんが魅せてくれたドラマだと思っています」(在本さん)

「そこは意外とすんなり来られたというか……。前の仕事も旅ができて楽しかったのですが、今の仕事は“同じ仕事は二度とない”というのが最大の魅力です。毎回発見の連続で、興味が尽きることがないですね」

 写真家には、何気ない日常の風景を淡々と切り撮るタイプや、「これ」というもの一つを深堀りするタイプなど様々いるが、在本さんは撮影対象にはどういった近づき方をするのだろう?

「興味のあるものに猪突猛進していく感じですね(笑)。対象は、仕事で訪れた先や普段の生活でたまたま出会ったもので、これは私に合う!と直感的に感じたもの。ジャンルも偏りはなくて、工芸からファッション、人物、建物まで、とにかくグイグイ近づいて撮っていきます。やはり人生も半ばを過ぎていますから、どんどん実現していかないと。自分一人で手に負えないときは、人にもどんどん頼っちゃいます。時間がないから、臆している暇はないと思っているんです」


写真集というカタチにこだわりたい

 そう語る在本さんが、ここ数年惚れ込んで撮り続けてきたのが、アイヌの木彫り家、藤戸竹喜さんとその作品だ。

現在も、通常の仕事と平行しながら自分が撮りたいものも追いかけるという、エネルギッシュな日々を送っている。

「北海道を訪れた際に、お土産物屋で木彫りの熊などの置物を見たことがある人は多いと思います。藤戸さんはそのアイヌの木彫り技術を極め、文化としての定着に貢献された方。鮭をくわえた熊など、荒々しいイメージの強い北海道の木彫り熊ですが、藤戸さんの彫るものは、熊や狼といった野生動物でありながら、温かく優しく、どこか孤高。そんな作品を、どうしても北海道の大地に置いて撮りたい!と思って、藤戸さんの元に通い続けたんです」

 とはいえ、これは完全なるプライベートの撮影。仕事の合間を縫って、北海道の阿寒町に通うこと実に3年。その写真とアイヌの木彫りの歴史をまとめた写真集は、この9月、『熊を彫る人』と題されてようやく世に送り出された。
 しかしいくら惚れ込んだといっても、写真集が売れにくいと言われる昨今。これだけ狭い題材を取り上げることは、勇気がいったのでは?

「たしかに今は、最初から『写真集にしましょう』と決めてできる仕事なんて稀です。だからこそ先に動いていかないと、と思っていて。藤戸さんのところも自腹で通って、3回訪れた時点で、『これだけ時間とお金を費やすからには何かしらカタチにしないと』と思い、ツテのある出版社を総当たりで訪ねることにしたんです。ただ意外に、2社目に訪れた出版社で決まったんですけど。その編集者の方は、『この写真集は、僕がやらなきゃ世に出ない。これは運命だ』と言ってくれたんですよ。もちろん今はSNSで発信する方法もあるし、写真集にすることだけが全てではありません。でも私は写真集世代で紙に思い入れがあるし、何より一つのカタチにまとめることで“ものにする”というか、被写体に“近づけた”と感じられるんです」


私には時間がない、どんどん追いかけないと

そして既に、次なる対象も追いかけ始めている。

「かつて南インドのチェティナードというところに、チェティヤールという商人コミュニティがあったんですね。チェティヤールは1930年ぐらいまで、世界を舞台に貿易活動を展開し莫大な財を成したんですけど、そんな彼らの残した邸宅がすごいんです。バカでかいだけでなく、シャンデリアはチェコ製、タイルは日本製、床はイタリア製などと、その時代の一番良いものを世界中から集めて作っていて、ダイナミックな成金という感じ(笑)。今は何でもミニマムに削ぎ落すのが良いという時代だけに、こんな“美”と“毒々しい”のスレスレなものってもうないな、と魅せられて。何とか撮り集めたいなと思って、今、南インドに通っているんです。これが一つで、もう一つは……」

 そう、夢中で話してくれた在本さん。これだけ忙しく活動しながら、追いかけている対象は一つではないというのだから驚きだ。

「常に時間がない、と感じていたい」と語っていた言葉が印象的。

「平行しないと、時間が足りない。36歳で独立して、キャリアもまだ11年と少ないので、常に焦燥感があるんです。というより、常に『時間がない』と感じているよう心がけていますね。なぜかというと、前の仕事の経験から、与えられたスケジュールにだけ向き合っていたら、あっという間に時間が過ぎていくということが分かっているから。いただけたお仕事はもちろんお断りしませんし、一つ一つ大切に向き合っていますが、それだけではいけない。自分の出したいものもどんどん撮っていかないと。だからプライベートでのリサーチも欠かせない。その点では、SNSのある時代で良かったなと思います。調べていたら南インドに関する詳しいブログを挙げている女性がいて。それで彼女のツイッターにダイレクトメッセージを送ったら返信が来て、今、一緒に本を作ろうと進めているところです。人も巻き込みまくって、なりふり構わず進んでいますね(笑)」

 とにかく「時間がないから」という言葉を何度も発していたのが印象的だった在本さん。とはいえ、会社員だった経験は今の仕事にも生きていて、それ抜きに今の自分はあり得ない、とも思っている。

「たくさんの人に会う仕事をしてきたので、どんな被写体に会っても臆することがないんです。先日、“100人の高校生を撮る”という企画があって。あの世代の男の子が100人ですからそれはそれはすごい迫力だったんですけど、興味深くて、私のほうがグイグイ迫っていましたね(笑)。キャリアが短いとか少ないとかあっても、人生において何も積み重ねていない時間は絶対ないわけで、足りない部分はそれで補えるというか、むしろ強みにできると私は思うんです」


世界を旅して、日本女性は頑張り過ぎだと感じた

mi-molletには、「興味のある仕事をしたいがずっと主婦だったので自信がない……」といった悩みも多く寄せられている。そんな読者には、在本さんの言葉はとても勇気を与えてくれるものかもしれない。

今は撮ることに魅せられているが、決して固執はしていない。「この先、やりたいことは変わるかもしれない」とも語っていた。

「私の母は専業主婦歴50年なんですけど、何気なく発する『あの人って○○だよね』といったひと言は、ものすごく本質を見抜いていて驚きます。社会のしがらみに縛られてないからこそ、独特の感性を持っているというか。何より、お隣さんとかスーパーの店員さんとか、働く人とは情報ルートがまったく違うから、働く人が知り得ない面白い情報を得ている。だから『私には何もないから……』なんて絶対卑下しないで欲しいと思います」

 「ただ……」と、ここで在本さんは、世界中を旅してきた女性ならではの主婦観を述べてくれた。

「自分の家を100%責任持って守ることって、壮大な仕事だと思うんです。私が今追いかけている南インドのお母さんなんて、すごいんですよ。ホームステイしていた私を含めて、家には8人住んでいたんですけど、7時には豪華な朝ご飯ができていて、それを食べたらすぐに片付けてお昼の支度に入るんです。インド料理ってちゃんと作るとものすごく時間がかかるんですよ。だからお母さんは、本当に一日中台所にいる。その家庭は決して貧しいわけではなく、アッパーミドル階級ぐらいなんですけど、南インドではそれが当たり前なんだそう。その様を見ていたら、主婦が忙しくないわけがない、と痛感しました。今って、そこに仕事も育児も……となっているけど、信じられない。『育児が一段落したから働かなきゃ』とか言う人も多いけど、これって日本女性独特の謙虚さからくるものなんですかね……? そんなに頑張り過ぎなくてもいいのに。私も結婚はしているんですけど、1年中旅していますから、夫の理解もあって今の生活を続けられていると思うんですよ」

 今はとにかく被写体を追いかけること夢中のようだが、今後もこのまま走り続けたいと思っているのだろうか? それとも、先のことはあまり決め込みたくないというタイプ?

「人生設計というほどではないですが、この歳になると健康でいることが最重要だな、と。健康であればみんなが喜んでくれるし、そもそも体力がないと重たいカメラ機材も持ち歩けない。最近は忙しくて定期の運動ができていないんですけど、やはり長く写真を撮り続けたいですから。……というのが今の気持ちですが、先のことは分かりません。夫との生活を大事にしたい、という気持ちに変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。どちらにしても体を壊したらアウトですから、当面の課題は筋力アップの時間を確保することですね」

 

<新刊紹介>
『熊を彫る人』
写真・在本彌生 文・村岡俊也
¥2300 小学館

文化功労賞受賞者で、その作品はスミソニアン博物館にも展示されるなど、国内外で高い評価を受けているアイヌの木彫り家・藤戸竹喜さんと、彼の作品を撮り収めた一冊。藤戸さんの精緻で温かみある作品、阿寒湖畔の大自然、そして精霊のような澄み切った藤戸さんの姿を、ありのままに捉えている。アイヌの木彫り文化が樹立されるまでの葛藤の歴史を綴った文も読み応えがあり、心に刺さる一冊だ。
 

撮影/塩谷哲平(t.cube) 取材・文/山本奈緒子