日本はかなり遅れている


こうした新しい決済手段の普及は、もしかするとガラパゴスと呼ばれる日本の決済市場を変えるきっかけとなるかもしれない。冒頭で電子マネーの決済が増えているという話をしたが、先進諸外国との比較では日本はまだまだ現金主義といってよい。

2016年末における紙幣と硬貨の流通総額は約100兆円だが、これは日本のGDP(国内総生産)の18.6%に達する。米国や欧州は7~10%程度の水準にとどまっており、現金はあまり流通していない。

しかも米ドルとユーロを現金で持っているのは、資産を保全したいと考える外国人であることが多く、自国民はほとんど現金を保有していない。こうした状況を総合的に考えると、やはり日本人の現金主義は突出している。

これまで現金決済の比率というのは、市場の成熟度に反比例すると考えられてきた。もっとも先端的な決済インフラを導入している北欧では、ほぼ完璧なキャッシュレス社会となっており、現金で買い物をするのは現実的に難しくなっている。

一方、ロシアやスペインなど成熟度が低いと考えられてきた地域では、いまだに現金決済の比率が高い。

ところが近年のITサービスの急速な普及によってこの図式が崩れつつある。従来型のインフラとしては決済システムがほとんど普及していなかった中国においてキャッシュレス化が猛烈な勢いで進んでいるからだ。

中国ではアリババなどのIT企業が相次いで決済サービスを導入しており、これによってキャッシュレス化が一気に進んだ。

スマホにアプリを入れればそのまま店舗用の端末になるので、都市部では、屋台でも電子決済するのが当たり前となりつつある。上海や北京では、北欧などと同様、現金で買い物をするのが難しくなっているという。

 


キャッシュレス社会の到来


中国の事例は、スマホをベースにした決済サービスというのは、従来の決済サービスとは本質的に異なる存在であることを物語っている。

クレジットカードや電子マネーは、多額のコストと手間をかけて各店舗に端末を設置する必要がある。このため、ある程度、社会的なインフラが整備された地域でなければ、普及させることは難しかった。だがスマホをベースにした新しい決済インフラはこうした障壁をいとも簡単に乗り越えることができる。

日本の場合、物理的な面ではすでに十分なリソースが存在していることから、精神面での影響が大きかったと考えられる。

だが老若男女を問わず、ほとんどの日本人が所有するようになったスマホをベースに決済のサービスが展開されることになると、現金主義だった日本人の感覚も大きく変わる可能性がある。

社会のキャッシュレス化は基本的によいことずくめと考えてよい。現金がなくなると、基本的にすべての取引が電子的に記録されるため、マネーロンダリングがやりにくくなる。硬貨という重量物を毎日輸送したり管理する手間を削減できるので、企業のオペレーションがスリム化し、生産性が向上する。

ユニークな指摘では衛生面の効果も絶大だといわれている。紙幣は身の回りにある品物の中では最も汚い部類に入る。世界中でもっとも流通する米ドルの表面の成分を分析するとかなりの割合で麻薬が検出されるという話もあるくらいだ。

現金のやり取りがなくなると、パンデミック(感染症の大流行)などへの対処が容易になると考えられている。

日銀は量的緩和策の効果を高める目的でマイナス金利を導入したが、逆にタンス預金が増えるという皮肉な結果となった。日常的に現金を使うケースが減っていけば、こうした行為も少なくなってくるだろう。

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加谷 珪一/経済評論家
1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に「新富裕層の研究-日本経済を変えるあらたな仕組み」(祥伝社新書)、「お金持ちはなぜ、「教養」を必死に学ぶのか」(朝日新聞出版)、「お金持ちの教科書」(CCCメディアハウス)、「教養として身につけたい戦争と経済の本質」(総合法令出版)、「億万長者の情報整理術」(朝日新聞出版)などがある。