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性教育は性の幸福感も語れる多様性を〜日本の性教育のいまと未来〜

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海外の優れたコンテンツを
日本の性教育のお手本に


––– ところで、最も性教育が進んでいる国はどこなのですか?

染矢:先進的と感じるのは、フィンランドなどの北欧諸国とオランダですね。どちらも幼少期からの教育機関での性教育が義務化・カリキュラム化されていて、すべての子どもたちが性を学べる環境が整っています。さらに、それだけでは足りないという意識もあり、保護者にも積極的に情報提供をしたり、外部の専門団体に出張授業を依頼したり、専門家と学校が連携して、より専門的な授業を行ったりしているんです。

子どもたちが性的関心をもつ前から、命の誕生の仕組みや避妊の選択肢について学ぶことは、性行動を促進せず、むしろ慎重化させることがユネスコの調査でも分かっています。

また、海外の多くの国には、子どもたちがより専門的な知識や情報を得られるユースクリニックや性教育団体の施設が設置されています。地域や年齢によって差がありますが、保健センターのようなイメージで、コンドームが無料で配られたり、妊娠や性感染症、心やからだの相談が無料でできるなど、子どもたちを守るための機関が充実しているのです。


––– なるほど。子どもたちがいざという時に頼れる、駆け込み寺のようですね。

染矢:最近読んだ『0歳からはじまるオランダの性教育』(リヒテルズ直子著/日本評論社)も、興味深い内容でした。子どもたちへの学習目標が「〜を理解する」ではなく「〜を言い表せる」となっているのです。たとえば、性器の名称や男女の違い、自分が嫌だと感じる行為や望む身体接触などについても、“子どもが主体的に発信できるかどうか”を基準に理解度をはかるというのは、日本人にはなかなかない新鮮な発想ですよね。オランダでは、テレビ番組で性教育についてオープンに取り上げられていたり、動画やゲーム形式で学べる教材も充実しているそうです。

『0歳からはじまるオランダの性教育』(リヒテルズ直子著/日本評論社)


––– 日本が世界に追いついていない部分は、本当にたくさんありそうですね。

染矢:そうですね。ただ、日本が遅れているということは、逆に言うと、海外に目を向ければ優れた教材はいくらでも見つかるということ。それを積極的に取り入れて、性教育の意義や価値観を日本にも浸透させたいと思っています。

実はいまも、アメリカのNGO団体が配信する動画の日本語版を公開するために準備をしているところ。10〜14歳くらいの子どもを対象に、避妊や性感染症、セクシャルマイノリティや性暴力など、多角的に性を語る2〜3分の動画が70本くらいあるんです。まずは、来年1月を目安に10本ほど公開して、残りはクラウドファンディングで資金調達をしたいと考えています。

 


 

行政を動かすのは世論。
問題意識を持ち、大人も性を学ぼう


––– そういった海外の性教育を、国として学ぶ姿勢はないのでしょうか?

染矢:いまのところ、そういった動きはないようですね。2009年に、ユネスコなどにより世界中の性教育の専門家の研究と実践をふまえた性教育の国際スタンダードとして『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』が発表されましたが、日本の文部科学省はいまだに性教育を積極的に推進する姿勢を示していません。民間団体としては、スタディツアーを計画したり、今夏には日本性教育協会がフィンランドの性教育団体の方を招いて講演会を開催されたりしていましたが。
性教育バッシングの歴史もあり、“性教育=過激”というイメージを持っている方もいらっしゃるのかもしれません。

ただ、最近は少しずつ世の中の流れが変わってきているように感じます。社会のなかに、日本の性教育に対する問題意識が芽生えてきたような。

今年の春には、東京都足立区の中学校が、授業のなかで性交や避妊、中絶について扱ったとして、都議会から「不適切」と批判が上がったことがニュースになりました。批判の理由は、「学習指導要領の範囲を超えている」ということでしたが、ただ、それを受けて東京都教育委員会が足立区に指導したのは「課題のある授業だった」というもの。その内容は「今後、学習指導要領を超えた授業をする場合は、保護者に説明をしたうえで取り組み方法を考える必要がある」というもので、授業は今後も継続的に行われていくそうです。批判した都議の発言撤回こそなかったものの、1990年代の性教育バッシングでは性教育自体を否定する意見が大半だったことを考えれば、多少は柔軟性の感じられる決着だったのではないかと。性暴力被害者の支援や、女性や性的マイノリティの方々の人権を守る文脈の中でも、性教育の必要性が意識され始め、本当に微々たるものとは言え、行政機関も世論に合わせるかたちで徐々に変化しつつあるように思えるのです。

もちろん、子どもたちの現状に即した性教育が学校で行われるようになるまでには、まだまだ遠い道のりかもしれません。でもだからこそ、それを実現するためには社会全体の意識を底上げすることが不可欠。まずは大人たちが性と向き合い、学び、考えていくことが、子どもたちの豊かな性教育に繋がっていくはずです。

今後は、大人が性教育を学べるコンテンツとして、海外の保護者向けサイトの翻訳を企画中。「講演会もいいですが、性教育はテーマが幅広いものです。ネットで気軽に、信頼性が高く、その時に知りたい情報に無料でアクセスできるといいですよね。」
 
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年間約16万件という日本の中絶件数を少しでも減らすために−−−。染矢さんは、避妊や妊娠検査などの正しい情報を自動応答できるLINEボットの開発と普及をめざし、クラウドファンディングを実施中。妊娠の不安のあるすべての人に向けたプロジェクトです。募集は2018年12月24日まで。ご興味のある方は、ぜひご支援をお願いいたします!
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染矢 明日香

NPO法人ピルコン理事長。石川県金沢市出身。自身の経験をきっかけに、日本の望まない妊娠・中絶の多さに問題意識を持ち、慶応義塾大学在学中に「避妊啓発団体ピルコン」を立ち上げ、2013年にNPO法人化。医療従事者など専門家の協力を得ながら若者や保護者を対象とした性教育やライフプランニングを学ぶ講演活動やコンテンツ開発を行う。学生ボランティアを中心に身近な目線で性の健康を伝える「LILYプログラム」の出張講演をこれまでのべ150回以上、2万人を対象に実施。思春期からの正しい性知識の向上と対等なパートナーシップの意識醸成に貢献している。“人間と性”教育研究協議会東京サークル研究局長。著書に『マンガでわかるオトコの子の「性」 思春期男子へ13のレッスン』


撮影/浜村達也
取材・文/村上治子
構成/片岡千晶(編集部)


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