イタリアで学んだ
成熟した大人のファッションの嗜み方


光:そうそう。そんな風に自由におしゃれを楽しまれている敬子さんですが、環境にマッチした装いをするということには気を付けていらっしゃるとか。

岡:はい。これは20代半ばでパリに滞在していたときの話なんですが。当時、パリで買ったショートパンツとTシャツというカジュアルな出で立ちのまま、ヴェネツィアまで足を延ばしたことがあったんです。夏だったし、リゾート気分で開放的になっていたんですよね。ところが現地でそんな恰好をしているのはティーンエイジャーくらいしかいない。大人はロング丈のワンピースなどでもっとシックな装いをしている。それに気付いたらもう恥ずかしくて、すぐに着替えを買いに、ブティックへ駆け込みました。以来、街にちゃんと馴染むようなスタイルをするようになりましたね。その街に対してリスペクトをはらうことが大切だということを学びました。

光:私も昔、イタリアで似たようなことを経験しましたよ。30代の頃、あるパーティーに水玉柄の赤いワンピースで参加したんですね。そこでマダムに「あなたがその服を着るのはまだ早い」と注意されたんです。というのは、イタリアはわりと保守的な国なので、若いうちは質素にしているべきで、派手な服はマダムになってから楽しむものだというファッションの不文律のようなものがあったからなんですね。それで私も、おしゃれというのは大人のものなんだということを学びました。確かに、枯れてきた肌にジュエリーで輝きや装飾を加えるというのは理にかなっているなとか、親から離れて経済的に自立するようになってからおしゃれを楽しむという考え方は成熟しているなとか、色々と感銘を受けたものです。そう考えると、ミモレ世代のおしゃれの本番は、まさにこれから。

岡:日本だと年齢を重ねるごとにおしゃれの選択肢が狭まっていくようなところがあるけれど、それは本当にもったいないこと。年齢を重ねる=退化ではなく、進化していきたいものですよね。


50代になってから
「天候」も装いを決める大事な要素に

右手のシルバーバングルは、少数民族が制作したというアンティーク。10年以上前にタイに旅行した際に手に入れたもので、なぜか数年前から『これを忘れて出かけたら取りに帰る』というくらい毎日身に着けているという、もはや岡本さんのお守り的なアイテム。ここ最近はラピスラズリのリングとともに、セットでつけることが定番に。ラピスラズリとパールのリングはリニエ、大きな南洋パールのリングはヒーミーのもの。牛の角でできた白いバングルは、アフリカ製のもの。

光:本当にそう思います。それからご著書にもありますが、敬子さんが服選びをされるときの基準に「天候」を挙げていらしたのが面白いなと。

岡:はい。天候をあまり気にされない方も多いと思いますが、私は携帯にお天気アプリを2つ入れていまして、毎日それをチェックしてから服を決めるようにしているんです。単に晴れるか雨が降るかというだけでなく、最高気温と最低気温、そしてとくに湿度を重視していますね。気温が低くても湿度が高いと暑くなったりしますから。ファッションというのは、気持ちよく過ごすためにこそあるものだとも思っているんです。

光:分かります。40代の方たちにはまだ体感がないでしょうが、50も半ばになってくると湿度や寒暖に対する感覚が若い頃とは変わってきて、体調に不具合をきたすようになってくるんですよ。私なんてもう天気の奴隷のようになっているときもあるくらいですから(笑)。でも、そんな風に環境や天候に敏感になる=皮膚感覚を通して自分の心地よさを追及するということはとても大事で、そういう野生を取り戻すような生き方や考え方は、これからの時代を作っていくものかもしれないとさえ思います。

岡:そうですね。心地よさをいつでも追及していたいです。

光:ところで敬子さんは、たとえば10年後、20年後に自分がどうなっていたいかという先のビジョンをお持ちですか?

岡:それがまったくないんです。1年先のことも考えられないくらい。というのは、私には弟がいたんですが、彼は21歳のときにこの世を去ってしまったんですね。それ以来、とにかく一日一日を大切に、機嫌よく楽しく生きようということしかなくて。最近、友人の訃報に接することも増えてきて、ますますそう思うようになりましたね。ただ、10年後の夏も日焼けをしているんだろうなとか、そういう漠然としたイメージはありますけれど(笑)。

光:そうだったんですね。実は私も弟を25歳で亡くしているので、いま敬子さんのお話を伺って驚きました。ただ、私の場合は若い頃にこうなりたいという思いが強かったので、その時々でビジョンを描いてきたんですよ。それが今は、私も先のビジョンがまったく見えない。たとえば10年後にどうしているかと言われても本当に思い浮かばないんです。でもそういえば、敬子さんのインスタグラムやご著書などを拝見していて、先日はっと気付いたことがありました。それは、20年くらい前にはずっと肌を焼いていたのに、しばらく日焼けをしていないということ。昔は肌を焼くのが好きだったことをすっかり忘れていました。というわけで、この夏は久しぶりに肌を焼こうかしら。バミューダパンツを履いて、サーフィンにもトライしたりしてね(笑)。

「いつも一日一日を楽しく生きることに精一杯で、先のビジョンを考えるということがないんです。でも何となく……10年後も夏は日焼けをしているかなとは思います(笑)」という岡本さんに、光野さんも「10年後のことは分からないけれど、まずはこの夏、久しぶりに肌を焼いてみようかしら」。
 
 

『これからの私をつくる 29の美しいこと』

光野 桃 著 講談社 1200円(税別)

2017年の1年間にわたってミモレに掲載され、多くの読者から大好評を博した連載、『美の眼、日々の眼』。そこからとくに光野さんが気に入っている記事を抜粋し、加筆・再編集を行った新著。人生の土台を築く支えとなってくれるものは「美の力」であると語る光野さんが、それを生み出す物やひと、自然、おしゃれ、言葉など、「29の美しいこと」を情緒豊かな言葉で丁寧に紡ぎ出す。ふと、迷いやさみしさを感じたときに好きなページをめくるだけで、心のもやが晴れていくような一冊。

 

『好きな服を自由に着る』

岡本敬子 著 光文社 1500円(税別)

流行りのものを追うだけが、お洒落じゃない。着心地が良くて自分が本当に愛せるものを、いつでも気持ちよく身にまとう。そんな大人は、いつだって楽しそうで、かっこいい。ファッション業界にもファンを多数持ち、あこがれの的であるアタッシェ・ドゥ・プレス 岡本敬子さんによる、初のスタイルブックがついに完成しました。天気や日差しによって着るものを決める。色や柄は大胆に使う。小物をピリリと利かせる。動きやすく快適、だけど上品。めくるめく敬子流コーディネートをたっぷり詰め込んで、ページをめくるたび、ファッションがもっと好きになる1冊です。


撮影/目黒智子
取材・文/河野真理子
協力/吉村 有理江
構成/大森葉子、川良咲子(ミモレ編集部)

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