待ってました!中村屋!


さて。きれいに決まったところはもうひとつある。前半の主人公・金栗四三の登場の仕方だ。
事前に公開されたインタビューなどで、一話で主人公は最後まで出てこないとネタバレの大判振舞もあったのだが、ほんとうに最後まで出てこなくてびっくり。でもだからこそインパクトがあった。
最後に、嘉納が企画した未曾有の大運動会が行われ、多くの健脚が参加したものの、あいにくの雨。落伍者が続々出る中、黒い足袋を履き、スッスッハッハッと黙々と走り抜けてゴールを切った男が金栗。顔が血まみれ? と思ったら、雨で白い帽子の裏の赤色が流れて顔が真っ赤になっていたという史実(!)をうまく使って、歌舞伎俳優・中村勘九郎を強調するかのような隈取メイクふうに見せるという遊び心には、待ってました! 中村屋! と掛け声がかかりそうな高揚感があった。

主人公は子供時代でもなんでもドラマの最初から出てきそうなものだが、一話の最後に出てきたことには意味を感じる。金栗四三はこの時代にそれこそ彗星のごとく現れた才能だから、誰もが知らなかった人間が登場したときのサプライズ感を、視聴者共々実感できるという構成だと思う。
宮藤官九郎は笑える脚本を書くのみならず構成力の高さにも定評があり、それが存分に生かされた一話だった。

しかも、最後しか出てないと言いながら、実は、冒頭、64年のオリンピックのために東京が大工事している(いまの日本ともダブる)、その穴の上をひらりと越えて「スッスッハッハ」と走っていき、タクシーの中から志ん生が気にかける人物も金栗らしい。そこも粋だ。

ストーリーもさることながらパッケージがすばらしい。
横尾忠則作成の凝ったタイトル文字、山口晃のイラストと特撮映画のように昔の東京を暴れまわる巨大オリンピック選手たち(阿部サダヲは隅田川を泳ぐ)のタイトルバック(劇団☆新感線の映像で有名な上田大樹)、大友良英の「よ〜」ポン!(鼓)からはじまる民族音楽のようなマーチのようなノリのいい楽曲などなど一流のアーティストが集まった祭り感があるはじまり。
ダンス指導がコンドルズの近藤良平と『あまちゃん』のGMTの振り付けを担当した木下菜津子。天狗倶楽部の「ててんのぐ〜」「奮え〜」と振り付けはどっちの仕事だろうか……と思って、広報さんに伺ったところ、「天狗倶楽部のダンスには、ダンス指導のお二人両方が関わっております」という回答をいただいた。二大ダンサーのコラボとは豪華である。

なんといっても活気ある浅草の街並の再現も圧巻で、それによって、明治から昭和にかけて国の発展とオリンピックに沸くイケイケ日本の世界に一気に引きずり込まれたわけだが、それだけでは終わらず、明治41年の「ドランドの悲劇」を例にして語られる「勝ち負けにこだわる人間の醜さを、競技スポーツの弊害を私 は見ました」と語る高等師範学校教授・永井道明(杉本哲太)の台詞には重みがある。

だからこそ、やっぱり「楽しいの? 楽しくないの? オリンピック」や「相互理解(こそオリンピック)」いう嘉納の台詞が尊く思える。制作統括の訓覇圭は『あまちゃん』のとき、「宮藤さんは(制約も含め)『朝ドラを楽しんでいた』」と回想していた(拙著「みんなの朝ドラ」)。きっと今回の宮藤ほか『いだてん』のスタッフ、キャストは「(制約を含め)大河ドラマを楽しんでいる」のだと思う。まるで世界の誰もが等しいルールに則って技を競うオリンピックのように。私達視聴者も一年間、大河ドラマを思いきり楽しみたい。
 

【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』


NHK 総合 日曜よる8時〜
(再放送 NHK 総合 土曜ひる1時5分〜) 
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか

 

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 

映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。著書に『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』(洋泉社)、『聴くシネマ×観るロック』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、共著に『ヤング・アダルトU.S.A.』(DU BOOKS)、『文化系のためのヒップホップ入門12』(アルテスパブリッシング)など。

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。人生で最も強く影響を受けた作品は、テレビドラマ『未成年』。

メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『僕らは奇跡でできている』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。