「人の考えが分からない」を知るテスト


小学校高学年になると、社会的なルールに従えないというトラブルは激減する。しかし同時に周囲を気にするようになり、ささいなことで頻繁にパニックを起こすなど、不適応状態がエスカレートしてしまうこともある。
そこで「心の理論」について解説したい。「心の理論」とは、他者の信念や考えを把握する認知能力のことである。他者の信念とは、しばしば事実とは異なっている。自閉症グループの児童や青年は、圧倒的に事実のほうに引きずられてしまい、信念の把握が不十分になるのである。

それを知るには次のようなテストが有効である。

はじめに子どもにチョコレートの箱を見せる。開けてみると、中には鉛筆が入っている。もう一度、鉛筆を箱の中に戻す。そこへ別の子ども・H君が登場する。子どもに「今来たH君は、箱の中に何が入っていると考えると思う?」と尋ねる。

もちろん正解は「チョコレート」である。健常児は4~5歳頃にはこの課題をクリアしてしまうが、高機能広汎性発達障害では9〜10歳においてクリアすることが明らかになっている。つまり健常児に比べて4~5年遅れるのである。
さらに、健常児とは脳の異なる部分を用い、異なる戦略を用いて「心の理論」課題を遂行していることが確かめられている。我々が直感的に速やかに他者の心理を読むのとは異なって、自閉症グループの児童、青年は、推論を重ねながら苦労して読んでいるようなのである。
 

様々な精神疾患を併発しやすい


小学校高学年の節目を過ぎた後、いじめを受けることなくくることができれば、多くの高機能広汎性発達障害の子どもたちは社会的役割を守り演じることが次第に可能となり、孤立はしていても大きなトラブルはなく学校生活を過ごすようになる。
しかし不適応が続くグループでは、様々な精神科的併発症を生じる症例も少なくない。

【高機能広汎性発達障害に認められる併発症】(調査人数466人)
・不登校…56人(12.0%)
・統合失調症様病態…11人(2.4%)
・解離性障害…34人(7.3%)
・気分障害…69人(14.8%)
・強迫性障害…20人(4.3%)
・行為障害、犯罪…23人(4.9%)


上記は、高機能広汎性発達障害466名の併発症に関する結果である。もっとも多い併発症はうつ病(気分障害)である。これは年齢が上がるにつれて増える傾向にあり、18歳以上では75名中35名(51%)と過半数に認められた。

解離性障害(思考や記憶、周囲の環境、行動、身体的なイメージなど本来は一つのつながりとして実感されるべきものが、それぞれ分断されて経験されるようになる障害)も比較的多い合併症であることが分かる。また強迫性障害は20名に認められ、その中の11名はうつ病も併発していた。

不登校は1割に認められた。高機能広汎性障害の診断をおこないフォローアップしていた児童が不登校になった例は非常に少ない。反対に不登校を訴えて受診した児童、青年が実は高機能広汎性発達障害であった、という場合が圧倒的に多かった。
不登校が長期化する者の中には、高機能広汎性発達障害が少なからず存在する。対応を誤れば、その一部が「ひきこもり」の高リスク要因となる。より適切な対応を早期から組むための啓発が必要であろう。

 


成人後に初めて障害の診断を受ける人も多いが……


さらにこの466名のうち、18歳以上である75名の資料についても述べたい。
この75名は大きく2つのグループに分けられる。1つは、幼児期・学童期などに診断を受け、長期間に渡り継続的なフォローアップを受けて青年期を迎えたグループ。もう1つは、成人期に至って初めて診断を受けた、主としてアスペルガー症候群のグループである。特徴的なのは、後者のグループには、自身の子どもに障害があり治療している過程で、実は親にも同じ発達障害があることが分かり治療をおこなう必要が生じた、という人が少なくないことである。彼らの多くは、長年にわたって発達障害の存在に気づかれることがなく、他の精神疾患と誤診されていたのである。

成人になって初めて診断を受けた事例を見ると、「よくここまで何もなく……」という不適応事例と、「無駄に年をとっていないな」と実感させられる適応事例との2パターンがある。
不適応事例の場合、ほとんどの者がうつ病などを併発しており、被害的な対人関係を抱えていることも多い。ただし不適応事例のほうが、すんなりと「発達障害である」という診断を受け入れる者が多い。つまり、自己自身との関係修復は比較的容易である、ということだ。
ところが他者との関係修復には困難がつきまとう。その理由は、過去に受けた迫害体験を思い出すため、修正がなかなかできないからではないかと思う。
また適応事例においても、強い生きにくさを覚えており、「診断を受けたことで初めて自分、そして他者との適切な付き合い方を知った」と述べる者が大半である。

診断時期によって、成人後の適応状況に違いは出るのだろうか。
自閉症グループの適応状況は、「良好」「準良好」「不良」の3つに分けて行うのが常である。中学生以上で診断を受けた場合と、小学校年齢までに診断を受けた場合では、5%水準の統計学的有意差が認められる。つまり、小学生のうちに診断を受けた者のほうが成人した後の適応が良いことが示されているのだ。こういったことからも、高機能広汎性発達障害のできるだけ早期の診断、治療開始が望まれる。
 

 

『発達障害の子どもたち』
杉山登志郎 著 講談社現代新書 ¥760(税別)


ADHD、アスペルガー、学習障害、自閉症などの発達障害。治る子と治らない子の違いはどこにあるのか? 長年に渡って子どもと向き合ってきた児童青年期精神医学の第一人者である杉山医師が、その偏見や誤解を解き、どのように治療やサポートを進めるべきか、やさしく説いた一冊。

文/山本奈緒子

 

・第1回「発達障害は親のせい? 誤解と偏見が改善を遅らせる」はこちら>>
・第3回「10歳までが勝負。発達障害の子どもをどう育てるか」はこちら>>

 
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