著書『ユーミンの罪』で「ユーミンの歌とは女のごうの肯定である」と綴った酒井順子さんが、ユーミンの45周年ライブへ参戦。そこで感じた「懐かしむ」という行為の奥深い快楽とは……。

 


中2の私に恋愛像を洗脳した「SURF&SNOW」


 ユーミン、すなわち松任谷由実さんのライブに行ってきました。
今回のツアータイトルは「TIME MACHINE TOUR TRAVELING THROUGH 45 YEARS」というもの。最初の曲「ベルベット・イースター」の前奏が流れてきた瞬間、目頭がジーンと……。

 そう、「タイムマシーン」だけあって、このライブではユーミンがデビューしてから45年の軌跡を、過去の名曲と過去の名演出と共に振り返っていったのです。どの曲も知っている、そしてどの曲にも思い出が詰まっている。……ということで、涙とアドレナリンの分泌が止まらなくなったのは私だけではなかった模様。日本武道館いっぱいのおばさん・おじさん達が、感涙にむせぶこととなったのです。

 衣装もまた、様々な時代を思い起こさせます。清楚なワンピース。着物。カウガールスタイル。……と次々に変化する衣装の中でも特にグッときたのは、派手な蛍光色を組み合わせた広い肩幅のジャケットに、ぴたっとした超ミニのスカート、そしてソバージュヘアというバブルスタイルでした。もちろん、平野ノラさんのそれとは違って現代風にアレンジされていますので、懐かしいと同時に恰好いい!

 このスタイルに刺激されるのは、私がバブル世代であるからに他なりません。あの衣装は、私が学生から社会人になった頃の、自分と世の中の浮かれっぷりをフラッシュバックさせてくれました。それはまるで、強炭酸の飲み物をググッと飲み干したような感覚。

 荒井由実のデビューアルバム「ひこうき雲」が出たのは、私が7歳の時でした。ですから「ベルベット・イースター」等の荒井由実時代の曲は、本当に「懐かしい」というよりは、ユーミンに目覚めた後、学習として聞いて、「素敵」と思ったもの。しかし「素敵」と思ったのが自分の青春期だったため、今となっては「懐かしい」という感覚が喚起されるようになっているのです。

 私が初めてユーミンに目覚めたアルバムは「SURF&SNOW」でした。1980年にこのアルバムが発売された時、私は中学2年生の14歳。思春期 真っ只中まっただなか、恋に恋する中二病女子は、このアルバムで描かれるライフスタイルが素敵すぎて、ぽーっとしたものです。「サーフ天国、スキー天国」を聴いては、ボーイフレンドにサーフィンやスキーに連れていってもらうことを夢想。「恋人がサンタクロース」を聴いては、彼が迎えにくるようなクリスマスがいつかやってくることを祈念したのです。

 すっかりこのアルバムに洗脳された私は、以降1980年代というバブルに向かっていく10年間を、ユーミンを聴きつつ過ごすことになります。神様からの御託宣を待つかのように毎年のアルバムの発売を楽しみにしていたし、誰かの車に乗った時も、苗場でスキーをする時も、流れていたのはユーミン。

 だからこそ私は、否、我々は、TIME MACHINE TOURにおいて涙を流したのです。往年の名曲によって、自分の中の思い出スイッチが、オン。「あの頃の自分は、あの人と付き合っていてこんなことをして……」と回想し、「そして今、こんな遠くまでやってきたのだなぁ」みたいなことを思えば、涙腺スイッチもオン。ユーミンに酔うことは、自分の過去に酔うことでもあります。

 1982年発売の「PEARL PIERCE」に収録された「夕涼み」は、その日のライブにおいて、個人的に最もグッとくる曲でした。夏の終わりと、恋の終わりを予感させるこの曲に身を任せながら私は、「嗚呼、『懐かしむ』って何て甘美な行為なのかしら」と、思っていました。青春時代に流行った曲は、若さを喪失したという現実に対する物悲しさを刺激する一方で、快感をも連れて来てくれます。美しいメロディと歌詞によって、自分の恥ずかしい青春時代は美化され、気持ちよく反芻することができるようになるのです。


「懐かしむ」快楽と「昔流行った曲の方がいい」という恍惚


 自分が若い頃は、「懐かしのメロディ」といった番組を見る大人の気持ちが、全く理解できませんでした。知らない曲ばかりだったせいもありますが、懐かしむという快楽を理解するには、その頃の私はまだ若すぎたのでしょう。

「懐かしむ」ことの楽しさが理解できるようになってきたのは、私の場合は小室サウンド隆盛の時期だったように思います。既にアラサーの私は、流行りの小室サウンドを一応は知っているのだけれど、心からそれに乗ることはできなくなっていました。大人になって、愛だの恋だのだけに精魂を傾ければいい季節は、終わったからなのでしょう。

 そこで湧き上がったのは、「昔流行った曲の方が、いいよね」という感情。80年代に流行した洋楽、例えばデュラン・デュランやらABCやらを聴くと、単に「イイ!」と思うだけでなく、ほとんど肉体的な快感が伴うようにも感じられ、「これが『懐かしい』っていうことなのかも」と思うようになったのです。

 時が過ぎて40代にもなると、懐かしみ活動に加速がついてきました。流行りの曲がますますピンと来なくなる一方で、自分の青春時代の曲に惹かれる気持ちは、反比例するかのようにアップ。

 そんな中、「どう? 懐かしいでしょう?」とばかりに、往年に活躍した海外のミュージシャンが、せっせと来日するではありませんか。その手のミュージシャンにとって、日本は安定的な「市場」のようで、しばしばライブが行われるのです。前出のデュラン・デュランも、ABCも行った。ヒューマン・リーグもよかったな……。

 
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