20代のほとんどを下積み時代として過ごし、30歳を過ぎた頃に一気にブレイクする俳優はなかなかない。近年では35歳を過ぎてから大ブレイクしたムロツヨシさんの顔が浮かぶが、現在、 “遅れてきたルーキー”として熱い視線を集めている存在が32歳の毎熊克哉さんだ。その魅力は、文字にすると元も子もないが、“顔”にある。毎熊さんが注目されるきっかけとなった小路紘史監督の『ケンとカズ』(2016年)をはじめ、ギラギラとした野性味と昭和の香りを漂わせた面構えは間違いなく彼の武器だろう。しかし、インタビューに応じる毎熊さんは、演じた役柄のイメージとはかけ離れた穏やかな声で、ゆっくりと話し、照れくさそうに笑う。
「20代の頃はライダー系のオーディションとかも受けましたが、周りを見回して『絶対に受かんないな…』とは思っていました(笑)。探せば他にもいると思うんですけど、僕は運がよかったんだと思います」

 

毎熊克哉(まいぐま・かつや) 1987年生まれ、広島県出身。小路紘史監督作『ケンとカズ』に主演し、第71回毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞、おおさかシネマフェスティバル2017 新人男優賞、第31回高崎映画祭 最優秀新進男優賞を受賞。その後、吉永小百合主演映画『北の桜守』や『万引き家族』などに出演。主演映画に「ご主人様と呼ばせてください~私の奴隷になりなさい・第2章~」「おまえ次第~私の奴隷になりなさい・第3章~」がある。『轢き逃げ 最高の最悪な日』が全国公開中。7月よりドラマ24「Iターン」(テレビ東京系)がスタートする。


広島から上京し、幼少の頃からの夢である映画監督になるために、専門学校の映画監督科に入学。卒業後の進路を考えたときに、監督ではなく役者に転向する。
「学生時代に映画を何本か作ったんですけど、自分がお芝居を知らないからか、なかなかうまく演出できないことが心に引っかかっていたんです。この先、自分がどうやって映画に関わっていきたいかを見つめ直したときに、自分は映画を見ているときに、意外と役者を見ていたことに気付いて。制作会社に入ることも考えたんですけど、一回芝居をやってみようかなと思って始めてみた感じです」

20代は、アルバイトで生活費を稼ぎながら、オーディションを受け、ときどき仲間と自主映画をつくっていた。彼が当時開設していたブログ「名もなき少年の日」には、タイトル通りまだ何者でもない役者志望の青年の日常と葛藤が、自分に言い聞かせるようなトーンで綴られている。
「役者を始めたとはいえ、演じる機会が少ないので、全然うまくならないから、『どうにもならないなあ』と悶々とする時期でした。今となれば、自分にとって必要だったと思えるんですけど。幸いにも、自主映画を作る友達がたくさんいたので、そういう部分では楽しかったです。ただ立っているだけの警備員役を10回やるよりかは、1本の自主映画で役をちゃんと演じたほうがいいのかな、と思いながらやっていました」

 

転機は主演映画『ケンとカズ』が2015年の東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」で作品賞を受賞し、翌年に劇場で公開されたこと……ではなく、2013年頃だったとか。
「25〜26歳の頃に、何も仕事がない状態になって、けっこういろいろ考えました。21歳でふらふらと役者を始めて、だんだん本気になっていったけれど、『こんなんで売れるわけがねえ』ということに気付いて。『売れなくても役者をやるのか?』と、何が自分にとって一番大事なのかを考え抜いて、それまでの自分をいったんゼロにして。ちょうどその頃に撮影した『ケンとカズ』で、腹を決めた感覚はあります」

その迫真の演技が映画業界関係者の目に止まり、仕事が一気に増加する。2018年の出演映画はなんと、事務所の公式プロフィールによると12本!
「演じる機会をたくさんいただくようになって、『この役、どうしようかな』とちゃんと悩めることが幸せです。仕事がないときの悩み事といえば生活費のことくらいなんで(笑)。役の数だけ悩みがあるのは、大変ですけど、大変なことっちゅうのは、幸せなことですよね」

稽古現場より。

ふと、故郷のアクセントが顔を出す。2018年下半期の朝ドラ「まんぷく」で演じた森本役は、このアクセントを利用して演じ、半年間を走りきった。
「一生懸命に作るという意味では同じですけど、映画よりも格段に見ている人が多いなと感じました。始まる前は、みなさんが出かける支度をしたり、寝起きでぼーっとしながら流し見するものなのかなと思っていたんですけど、伝わるか伝わらないかわからないくらいこっそりやっていたお芝居がけっこう伝わっていて、『見てるんだなー!』と驚きました。朝ドラは、見ている人の絶対数がすごいなと思います」

現在は、水谷豊監督作『轢き逃げ 最高の最悪な日』が公開中。刑事役でコンビを組む岸部一徳さんと軽妙なやりとりを繰り広げ、遠藤憲一さんや松重豊さんにも通じる、強面の役者にしか出せないおかしみを表現。コメディにもどんどん挑戦してほしい!
「もしかしたら、自分のお芝居で泣いてもらうよりも、ゲラゲラ笑ってもらうほうが好きかもしれないです。コメディ作品に限らず、そういう役は、いつでもやりたいです」

 

そして、5月25日(土)には舞台『後家安とその妹』(紀伊国屋ホール)が初日を迎える。毎熊さんが演じるのは、主人公の後家安役。
「すべての役がいいキャラクターなので、後家安が他の役と関わってどれだけそのシーンを面白くできるのか、ということだけを考えています。稽古を重ねていると、同じことをやっていては飽きてしまうので、『なんでもいいから違うことをやらなきゃ!』という状態になったときに、予想もしないものが出てきて、自分でも新鮮な瞬間があります。すべてのキャストがベースをきちんと作った上でそれぞれの棘を立てているので、本番はどうなるのか…。僕はその危うさに色気を感じます。豊原さんが『役者を見に来てくれ』とおっしゃっているのはそういうことだと思います」
 

「豊原さん」とは、本作で脚本と演出を手がけている、俳優の豊原功補さんのこと。俳優が俳優に演出するからか、「後家安をこう演じてくれ」という言葉はなかったという。
「まずは自分で考えて、それをニュアンスで表現して、なしと言われたら捨てていく。舞台は稽古をしながら役を探り合うのがやりがいのひとつだと思います。僕自身、後家安という役が小さく収まらないように、可能性をできるだけ広げておきたい。そのために、前の芝居をなぞらず、崩さずに。稽古を重ねていくと、かなりの集中力と体力を消費しているみたいで、家に帰って朝起きたときに『疲れてんだなー!』って感じます(笑)」

稽古現場より。

かつて名のなかった少年は、毎熊克哉という一人前の役者になった。人柄の良さと真面目さ、同世代とかぶらない個性、そして映画への情熱をもっている毎熊さんへのオファーはさらに増えるだろう。
「経験を積むと、ある程度形になる芝居が、嫌でもできるようになっちゃうと思うんです。でも僕は、求められている以上のものをどうやったら出せるかを考えて芝居がしたい。映像でも舞台でも、1つ1つの芝居に、殺気を持って挑みたい。すべての作品に、次はないという危機感を持って挑みたい。おじいちゃんになったときに役者を続けていられたとしても、そうありたいなと思います。変な話、子供のときに映画とか見ちゃったから、自分は映画に人生を狂わされたわけで。これから自分が関わっていく作品も、ただ『面白かった』と思ってもらえる以上に、誰かの価値観を揺るがすようなものにしたい。そういう作品を作ることが、何よりも価値が高いような気がします」

 

<舞台紹介>
明後日公演2019 芝居噺弐席目『後家安とその妹』

 

三遊亭圓朝の「鶴殺疾刃庖刀(つるごろしねたばのほうちょう )」と、古今亭志ん生の「後家安とその妹」を原案に、豊原功補が脚本と演出を手がける。元御家人の後家安と、その妹のお藤が主人公。後家安はその武芸の腕を武器に、ヤクザ紛いの放蕩三昧の日々を送る一方で、お藤は大名に見初められて側室となる。御家人を追われた恨みを抱えた、年若い兄妹が周りの人々を翻弄する…。

企画・脚本・演出:豊原功補
原案:三遊亭圓朝「鶴殺疾刃庖刀」古今亭志ん生「後家安とその妹」
出演:毎熊克哉、芋生悠、森岡龍、広山詞葉、足立理、新名基浩、福島マリコ、塚原大助、古山憲太郎、豊原功補
2019年5月25日(土)〜6月4日(火)、紀伊國屋ホールにて上演
問:03-3354-0141
チケット:一般:¥7,800 U-22:¥3,000(前売・当日共/指定)
https://asatte.tokyo/2018/12/gokeyasu/


取材・文/須永貴子
撮影/望月みちか
構成/大森葉子(編集部)