なにが大河ドラマで何が朝ドラなのか


「なんだって『かかあ』っていうのはうちにいるんだろうな」と冒頭、孝蔵は哲学的なことを言う。「おれがうちに帰るからあいつは『かかあ』になっちまうんだ」
「おれがうちに帰りさえしなければあれで案外いい女なんだよ」
「家内」という言葉が結婚した女性を縛っているというような見地が現代(2019年現在)にはあり、それについて深く考えさせられるような台詞であった。

でも、だからって妻が外に出ればいいっていう話でもなく、家で夫を待つ女の理屈じゃない感情を描く。
昭和の時代、なんでこんな酒浸りの男と結婚生活を続けたのか聞かれた志ん生は「だって寒いんだもん」「この味がわからないかバカヤロウ」と言う。その言葉は、大正時代、妻・おりんの言葉にあった。地震が起きて家が壊滅状態で、茶碗も落語の「厩火事」ではないが、みんな割れてしまった。孝蔵は相変わらず飲んだくれているが、彼のそばを離れないおりん。「なんでおれの(羽織)着てるんだよ」と孝蔵が聞くと、おりんは「だって寒いんだもん」とぽつりと言うのだ。

しびれる。世話物(小市民の日常を描いたお話)の極地だなと思う。
ただ、世話物は、歴史をダイナミックに描く“大河ドラマ”のイメージとは対局のものだ。
歴史的大事件の中心にいる偉人がいかに歴史にかかわってきたかを描くドラマというイメージをなんとなくもっている一般視聴者は、それでホームドラマというイメージのある「朝ドラ」みたいと思ってしまいがち。
そうはいっても、朝ドラも、女の大河ドラマ化していて、「あさが来た」のような女丈夫の活躍の人生を描いたものが受けていたり、歴史の影に隠れていた人物を主役にした大河ドラマもあったりと絶対的な決まりがあるわけではなさそうだ。

 


「いだてん」だって「大河じゃない朝ドラだ」という意見もあれば「明治から昭和にかけて、オリンピックを通してみごとに日本の歴史を書いている。これぞ大河だ」という意見もある。ところが朝ドラでは「大河みたいで朝ドラじゃない」という批判はあまり聞かない。。蚊帳の外でわいわい言ってても埒が明かない。NHKに、大河ドラマとはどういうものか、局として定義があるか聞いてみた。
すると「NHKとして特に定義しているということはありません」ということだった。
「定義があるとしたら、1年間視聴者のみなさんが心を躍らせて見ていただけるようなテーマを選んでいます。歴史上で著名な人物の生涯を描くことが多いですが、今年放送の『いだてん』はあまり知られていない二人の人物を物語の中心に据えて、日本人がオリンピックに挑んだおよそ半世紀描くことに挑みました」 

市井の人々の話だからか「朝ドラみたい」という意見もあるので、朝ドラとはどういうものなのか、局として定義があるか、こちらも聞いてみるとーー。はやり「連続テレビ小説も特に定義はありません」とのこと。
「近年ではある分野を切り拓いた人物をモデルやヒントとしたものが多いですが、これはその分野のパイオニアとなった人の生涯が波乱に富んでいることや困難にぶつかりながらもそれを乗り越えていく生き方が、半年間放送するドラマにしたときに、興味深く描くことができるからだと思っています。しかし、『ひよっこ』のように普通の人たちの日常を描いた番組もあり、必ずしもモデルがいるわけではなく、また女性ヒロインだけでなく男性主人公の番組もあり、特段の定義があるわけではありません」

この回答からいえば、大河ドラマは“一年間”、心踊らせて見られるドラマ。朝ドラは“半年間”、興味深く見られるドラマということになる。一年ないし半年の連続性を重視したドラマという
ことだと思えば、「いだてん」は十分、連続性を活かした面白いドラマということになる。

また以前、ある人から、朝ドラは会話を重視、大河は物語の流れを重視すると聞いたこともある。そういう意味では、1話から最終回まで一年間、流れていく話=大河 ということで、歴史的に大きな出来事や戦国の話が人気なのは、ちょうど大きな流れを描きやすいからであろう。
「いだてん」は前にもこのコラムで書いたことがあるが、庶民の生活いう小さな流れがどんどん集まって大きな流れとなってうねっていくドラマであることは確かで、それこそが本来の歴史であろう。

次回、24回、半年駆け抜けた、金栗四三編、いよいよ完結。

ちなみに、22、23回と立て続けに出てくる赤ちゃんがかわいくて、ハードな話のなかでまさに救いになる。
「赤ちゃんは助監督が選びました。柄本佑さんは赤ちゃんを手なずけるのが、びっくりするくらい上手です! 中村勘九郎さんも同じくお上手で、赤ちゃんの動きが良かったのは、ふたりの念力だと思います」とは演出部の証言。いい俳優は子役をも動かすのだろう。

【データ】
大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』


NHK 総合 日曜よる8時〜
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ、綾瀬はるか、生田斗真、森山未來、役所広司 ほか

第24回「種まく人」 演出:一木正恵

 

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。
エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。

構成/榎本明日香、片岡千晶(編集部)

 

著者一覧
 

映画ライター 細谷 美香
1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。

文筆家 長谷川 町蔵
1968年生まれ。東京都町田市出身。アメリカの映画や音楽の紹介、小説執筆まで色々やっているライター。最新刊は渋谷、浅草、豊洲など東京のいろんな街を舞台にした連作小説『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワー・ブックス)。ほかに『サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画』、『文化系のためのヒップホップ入門12』(大和田俊之氏との共著)など。

ライター 横川 良明
1983年生まれ。大阪府出身。テレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が発売中。twitter:@fudge_2002

メディアジャーナリスト 長谷川 朋子
1975年生まれ。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情を解説する記事多数執筆。カンヌのテレビ見本市に年2回10年ほど足しげく通いつつ、ふだんは猫と娘とひっそり暮らしてます。

ライター 須永 貴子
2019年の年女。群馬で生まれ育ち、大学進学を機に上京。いくつかの職を転々とした後にライターとなり、俳優、アイドル、芸人、スタッフなどへのインタビューや作品レビューなどを執筆して早20年。近年はホラーやミステリー、サスペンスを偏愛する傾向にあり。

ライター 西澤 千央
1976年生まれ。文春オンライン、Quick Japan、日刊サイゾーなどで執筆。ベイスターズとビールとねこがすき。

ライター・編集者 小泉なつみ
1983年生まれ、東京都出身。TV番組制作会社、映画系出版社を経てフリーランス。好きな言葉は「タイムセール」「生(ビール)」。

ライター 木俣 冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書に、講談社現代新書『みんなの朝ドラ』をはじめ、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』ほか。企画、構成した本に、蜷川幸雄『身体的物語論』など。『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP』『連続テレビ小説 なつぞら上』などドラマや映画のノベライズも多数手がける。エキレビ!で毎日朝ドラレビューを休まず連載中。

 
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