銀座の呉服店「いせよし」の3年前の広告がここにきて炎上し話題になっています。こういう広告を普通に作るクリエイターがいて、クライアントが「いい!」ってOKを出しちゃって、世の中に出ちゃって、さらにどこぞのアホな協会が広告賞まで上げちゃって、その過程で誰一人として「これちょっとヤバくない?」と言う人がいなかったという事実には、もはや隔世の感があります。そう考えると、3年前と比べて世の中少しはマシになってるってことかもしれません。
さてこの広告、なんだかぼわーっとした写真に「いいちこ」的な一言を載せた、現代風の雰囲気広告なのですが、特にこれはアレだろうというのは「ハーフの子供を産みたい人に。」ってのと、「ナンパしてくる人は減る。ナンパしてくる人の年収は上がる。」という2本のコピーでしょう。そこに漂う下品さはもはや説明するまでもありませんが、私が不思議なのは、こんな方向性で着物を買う人いるわけないじゃん、ということです。
私も着物を着るからわかりますが、着物は超面倒くさい。着付けを覚えるまで時間がかかる、覚えてもカッコよく着られるようになるまで時間がかかる、それでも毎回着るたびになんだかんだで最低30分くらいはかかる。半襟縫い付け忘れるし、襟芯とか帯芯とか入れ忘れるし、夏は暑いし冬は寒いし、トイレ行きにくいし、汚したら大変だし、腹いっぱい食えないし、帰ってきたら片づけるのにまた30分はかかる。そして何しろ高い。帯と着物その他一式そろえたら少なくとも30万とか40万とかかかる。さらに保存や管理にも金がかかる。もはや修業としかいいようがありませんが、好きな人はその修業感が好き、そして「着物を着ている自分」が好きなのです。
ははーん、と納得したのは呉服店の謝罪コメントにあった「これまで着物にあまり関心を持たなかった方にも目を向けて頂きたいという意図」という文言です。つまり狙った層はそういう着物ファンじゃない、コピーから察するに「モテ狙いの人たち」。着物着るとモテますよ、ってことですね。そういう層に刺さったかどうかは別として。
興味深いのはここから。もしそういう方向性でも、言葉選びさえ間違えなければ、「着物でより素敵な恋が手に入ります」というイメージにもできたはず。なのになんで「着物で1ランク上の男(※外国人&金持ち)を引っ掛けられまっせ」的な下品なものを作っちゃったのか。それはおそらく、広告を世に送り出した人たちが、そういう「モテ狙いの人」たちを「下品な女」と思っているからじゃないかなーと、私は思うのです。
自分の所属しない階層への無自覚な蔑み
呉服店の経営者は、聞けばアメリカ留学から大手外資系銀行に入行し、最年少の30歳で支店長まで務めた50代女性。一方のコピーライターは大手広告代理店の30代女性。そんな頭が良くてエリートで意識も高そうな二人が、どうしてこんなこともわからないのかと思うのですが、だからこそそうなのかなと思ったりもします。「男ウケ命」でファッション選ぶ女って。ハーフの子供がほしいから外国人と結婚したいとか言いそう。男の年収が一番大事でしょ、きっと。なんだかふわっとステキ風のコピーの裏に、そういう無意識の蔑みがあったんじゃないか。もちろん否定するでしょうが、あのコピーのターゲットが「そういう下品な女」であることは、誰もが気づいちゃっています。
もちろんこうした感情は、エリート女性たちに限りません。「男ウケ命」の女性たちが、「女の権利を主張する女って、しょせん男にモテないブスなんでしょ」と蔑む、結婚した女性が「40歳過ぎて独り身で働くなんて」と蔑む、子供を産んだ女性が「子供がいないなんてかわいそう」と蔑む、子供を産んでいない女性が「仕事できないし子供産むぐらいしかないんでしょ」と蔑む、もしかしたら「ヒールを履きたくない」と言えない女性を「子供じゃあるまいし、それくらい言えないの?」と軽蔑するのも、同じかもしれません。
私はそこに、本当にありがちな、
でもこんなのなくすのは簡単。相手の生き方を、在り方を、
例えば。「おにぎりの具はタラコ一択」
もちろん世の中には「タラコが嫌い」な人もいるでしょうが、「
人それぞれの好き好きで、シャケもタラコもありでいい。「
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