「演劇」を活用し、さまざまなコミュニケーションで教育活動を行ってきた劇作家で演出家の平田オリザさん。大学入試改革にも携わっている平田さんは、演劇を学ぶ初の国公立大として、2021年度に開校する予定の国際観光芸術専門職大学(仮称)の学長就任も決まっています。連載「22世紀を見る君たちへ」では、これまで平田さんが「教育」について考え、まとめたものをこれから約一年にわたってお届けします。
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そもそも「子どものコミュニケーション能力の低下」は本当か?

 

前回は、拙著『わかりあえないことから』の記述を辿りながら、「対話」と「会話」の違いについて、あらためて復習をした。しかし、「コミュニケーション能力とは何か」という副題をつけたこの本の主眼は、実はもう一つある。

昨今、コミュニケーション能力について、世間ではヒステリックなほどに騒いでいるが、果たしてその問題の本質はどこにあるのだろう。いったい子供たち、若者たちのコミュニケーション能力がそんなに急激に下がっているのだろうか。私は、若者たちのコミュニケーション能力が低下しているのではなく、

一、グローバル化や産業構造の転換などから、社会が要求するコミュニケーション能力の質が高度化してきた。

二、一方で、少子化、核家族化、地域社会の崩壊などから、子供一人一人が大人とコミュニケーションをとる機会は減ってきている。

三、特に少子化問題の影響が深刻で、これが「日本人なら解ってよ」「そこはちょっと察してよ」という日本的なコミュニケーションの風土と相まって、子供たちは温室のようなコミュニケーションの中で育てられる。

四、しかし一で指摘したように、高校、大学で急に「はい、コミュニケーション能力ですよ。これがないと就職もできませんよ」と脅かされる。若者たちはこれに脅えてしまう。

五、すなわちコミュニケーション能力が低下しているのではなく、環境の変化に、必要なコミュニケーション教育がついて行っていないことの方が問題なのだ。

 私は、教育の問題を考えるときには、とにかく、あまり感情的、煽情的にならない方がいいと思っている。「子供たちの○○が危機に瀕している!」という言い方は人目を引くし、そう書かなければ本は売れない。しかし、子供たちの能力が、そう急速に落ちたり上がったりするわけがない。急速に変化することがあるとすれば、それは子供を取り巻く外的な要因の方だ。


「危機的な状況」という煽り文句で話題の本


昨年(2018年)、数学者の新井紀子先生が『AI vs.教科書が読めない子どもたち』(以下『教科書が』と略す)という本を出版し話題となった。広範囲な読解力調査を行った結果、中学、高校生の文章読解能力が「危機的な状況にある」というセンセーショナルな内容だった。この本に書かれていることの本質は、けっして間違ってはいない。私なりの要約を許していただければ、それは以下の通りである。

一、これからAIが発達し、多くの職業が失われると言われている。

二、しかし、まだまだAIにできない(苦手な)分野がある。これからは、そういった分野の職が増えるだろうし、それに対応できる人材を育成しなければならない。

三、『東ロボくん』(新井先生が中心となって進めた「ロボットは東大に入れるか」を探る人工知能開発などを中心とした共同研究プロジェクト)の成果から、AIがもっとも苦手とするのは、ある種の自然言語処理である。

四、そこで、子供たちには、英語教育やプログラミングの教育よりも、とにかく「読解力」をつける教育を行わなければならない。

以上の事柄は、私も全面的に賛成する。前述の通り、社会環境、社会が要請する能力が急速に変わっていくので、教育もその変化に備えなければならない。そしてこれも前述したように、問題は子供たちの側にあるわけではない。子供たちの能力が急速に低下したわけでもない。

 
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