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家庭でできる性教育「隠れたカリキュラム」とは?

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「異質な他者に対して共感しよう!」と
子どもたちにただ呼びかけるだけでは不十分


星野:性教育からは少しズレますが、うちの学校に「見た目問題」の解決に取り組む藤井輝明さんが、講演に来て下さったことがあるんです。藤井さんは顔に海綿状血管腫という腫瘍があり、子どもたちはそれを見て、直に触れさせてもらう体験をしました。露骨な嫌悪感を表に出す子どもは誰一人いなかったけれど、やっぱり、「うわっ」って思う子どもたちもいたと思います。大事なのは、その気持ちを相手への排除や攻撃に転化させず、それぞれが抱え込んだ上で、共存していくことです。
今の政権が推し進めている道徳教育の何がまずいかというと、心の在り方を操作しようとしているところ、不快に思うことそれ自体を「いけません」って咎めるような。異質な他者に対する不快感や、生理的な嫌悪感を持ってしまうことは、誰にだってある。しかし、その感情を抱え込んだ上で異質な他者と共存するにはどうしたらいいか、それを考えさせることが多様性の教育なのではないでしょうか。

小島:同性婚に関するイベントに出た時、その会場にいらした当事者の方が言っていたんですよ、「同性愛者を嫌いでもいいけど、“嫌いだからお前ら結婚するな”はおかしい」と。その人が好きか嫌いかということと、その人の権利を尊重するかどうかは全然別の問題なんですよね。いくら相手のことを嫌いでも、その人が好きな人と結婚する権利を奪う理由にはならない。もちろん偏見や思い込みを取り除くための知識を学ぶことも大事だし。

星野:そういう意味で、性の多様性の教育って人権教育なんです。私は人権意識を高める上で「異なる他者への共感」が重要な役割を果たすと思うのですが、例えば性の多様性の教育だったら、性的マイノリティといった自分とは異なる他者に対する共感を子どもたちに持たせることが、子どもたちの人権意識を高めるために必要なわけです。
心理学者のポール・ブルームは『反共感論』という本の中で、共感には2種類あると言っています。一つ目は「情動的共感」で、「この人が好きだから、自分もこの人と同じように感じる、思える」というもの。二つ目は「認知的共感」で、「自分とは異なる他人の気持ちや考えに対して、知識に基づいて理解すること」です。
ですから、「異質な他者に対して共感しよう!」と子どもたちにただ呼びかけるだけでは不十分で、大人は「情動的共感」と「認知的共感」の両方を子どもたちが得られる機会を作る必要があります。知識は教えるけど当事者に一度も会う機会がなければ、「情動的共感」なしの「認知的共感」、つまり洞察や分析はできても当事者に冷たい子どもになってしまう。逆に、知識は全く教えず、当事者に会ってライフヒストリーを聞くばかりでは、「認知的共感」のない「情動的共感」で、悪気はないがデリカシーがない子どもになってしまうんです。

小島:本来は両方やっていく必要があるんですね。

 


子どもがマイノリティでも、「世界は信じられる」と教えること


星野:そうです。小学校で、性的マイノリティの当事者の語りを聞く機会と、知識を学ぶ機会の両方を作ることは、子どもたちの人権意識を高めるだけでなく、子どもたちの中に必ずいるであろう、性的マイノリティの子どもたちの生きづらさを和らげることにもつながります。幼い頃から多様なセクシュアリティを持つ人々を見ていたら、性的マイノリティの子どもが「自分は普通じゃない」と自己否定する可能性は低くなるし、仮にその子が性的マイノリティだと周りの子どもが知ったとしても「前に学校に来て話してくれた、**さんと同じだね」という感じで対応できると思うし。

 

小島:体験を聞くことと知識を学ぶことの両方をやることで、自分と、自分とは異なる他者との間にある、共通の苦しみにも気づけるかもしれません。
自分が「女の子のくせに」と言われてイヤなように、男の子も「男の子のくせに」と言われるとイヤなんだ、「らしさの押し付け」という意味では同じ悩みなんだと分かれば、手を携えて一緒に状況を変えることもできるかも。

星野:だからこそ女性だけでなく男性にも、こういう教育に関心を持っていただき、一緒に参加してほしいんです。男性に問題意識を持ってもらうためにどのようにリーチするかは、実は一番の課題かもしれません。

小島:そう言えばこの間、英国のウィリアム王子の「自分の子どもが同性愛者だったら、全力でサポートする」という発言が話題になりましたよね。
よく考えたら子どものSOGIがどんなものか、親だってわからないですよね。もし当然のように「シスヘテロ」だと思って放置していたら、子どもが親に自分がそうではないと言えずに、居場所を失ってしまうかもしれない。自分の子どもが性的マイノリティかもしれない可能性を念頭に置きながら、親自身も、ジェンダーやセクシュアリティについて考える習慣をつけるのは大事なことかもしれません。

星野:その視点はすごく大事ですよね。低学年を今担任しているのですが、私のクラスにプリンセス願望の強い仲良し二人組の女の子がいて、ある時その一人が「プリンセス同士で結婚したいけど、女同士だと結婚できないって聞いた」と言うので、「そんなことないよ。東京ディズニーランドは女の子同士、男の子同士で結婚式を挙げられるんだよ」と伝えました。そうしたら「えー!!」って言いながら表情をキラキラさせて、その女の子二人が互いに手を取り合って「じゃあ私たち、17歳になったら結婚しましょうよ!」って言ったんです。でも、もう一人の女の子が冷静に「ちょっと待って。焦らないで。17歳は早すぎるから20歳になってから」なんて答えたのも可笑しくて。そうしたら今度はそれを聞いていた別の男の子が、「じゃあ僕は、ほっしーと結婚する!」と言いだして。この子どもたちのセクシュアリティとか結婚の定義とか、そんなことよりもまず大事なのは、子どもたちが、自分が好きなものを好きと言えて、それを誰もが祝福してくれるような環境であること。「この世界は信じられる」という実感が、子どもたちの人生をきっと力強く支えてくれるはずだと思うんです。

撮影/神谷美寛
取材、文/渥美志保
構成/川良咲子

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