きれいすぎるデータ、わかりやすい話は疑って


パラダイムシフトと呼ばれる時代の大きな変化は、確実に起こっているのかもしれません。でも個人個人が持っている価値観は、あまり変わらないまま。それは女性だけでなく、男性も同じです。

「日本は人口の減少期にあり、社会の経済的リソースもどんどんなくなっていて、その中で男性が背負わされているプレッシャーとか格差って、実は女性よりずっと大きいと思うんです。つまりお金があって社会的な地位がある人は、何度も結婚できるくらいモテるけれど、一生結婚できない人もいる。これは今の時代に限ったことではなく、人類の歴史上ずっとそうで、1万年前ぐらい前の氷河期――つまり人類が食べ物にすごく困っていた時期においては、ヨーロッパのある地域では17系統の遺伝子しか残っていない。つまり17人の男性しか子供を作れていないんです。でもモテるとか、自分の遺伝子を残すとか、そういうことだけが“勝ち”なのかといえば、そんなことはないんですよね」

金持ちになる。モテる。結婚する。子どもを持つ。絵にかいたような、豊かな生活を送る。社会は太古の昔とさほど変わらない「勝ち」「負け」の価値観を、さも唯一の価値観であるかのように喧伝し、量産しすぎているのかもしれません。


「そのほうが“売りやすい”からなんですよ。世によく言われていることの裏には、それによって得をする人がいるんです」

 

脳科学者・中野信子  1975年、東京都生まれ。脳科学者。医学博士。横浜市立大学客員准教授。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンで研究員として勤務後、脳科学についての研究と執筆活動を行う。近著に『キレる!』『メタル脳 天才は残酷な音楽を好む』『自己肯定感が高まる脳の使い方』『サイコパス』など。


様々な情報が溢れているなか、フェイクニュースやSNSでの強い発言に振り回されないよう、真偽を見抜くコツはあるのでしょうか。

「そこに騙されないためには、個人個人が受け止め方を変え、リテラシーを高めていしかありません。見分けるコツは、きれいすぎる話や分かりやすい主張を、鵜呑みにしないことでしょうか。実は科学でもそうなんですよ。きれいすぎるデータ、例えば“相関係数0.8”を超えたら、ある結論を導き出したいがために、恣意的に数値が操作されていることを疑います」

相関係数とは、ある二つの変数があり、それぞれを縦軸と横軸にしてグラフを作った時の「直線度の度合」のこと。例えば、縦軸に「女性の年収」、横軸に「出産数」というグラフを作った時、「女性の年収が上がるほど、出産数が下がる」というきれいな直線のグラフになったとしたら、「相関係数1」=「完全な相関関係がある」と言えます。「相関係数0.8」は多少の例外はありつつも、直線に近い範囲内で収まる、つまり「強い相関関係がある」状態のこと。でもそれは「女は働くよりも、子どもを産むべき」と主張したい人が、そういう結果になるサンプルのみを集めたのかもしれません。

「男脳、女脳もそう。男っぽい女性も女っぽい男性も、X ジェンダーもいるぐらいなのに、はっきり類型化されるはずないですよね。でも男脳・女脳と言い切るほうが分かりやすいし、話として売りやすい。その裏で何か利益を得たり、そのほうが都合のいい人がいることも頭において、“その理屈に乗っかっても、私の得になるわけじゃないし”くらいに受け止めておくのが一番です」
 

 

<新刊紹介>
『女に生まれてモヤってる!』

ジェーン・スー 中野信子
(著) 1300円(小学館)


女の損は見えづらい

生き方が多様化し、女性としてのライフスタイルに「正解」や「ゴール」がない今、私たちはどのような道を選択すれば、心地よく生きられるのか。

コラムニストのジェーン・スー氏と脳科学者の中野信子氏が、これからの女性の生き方を対談形式で語り合います。


撮影/塚田亮平
 取材・文/渥美志保
 構成/川端里恵(編集部)

 

 

インタビュー前編「「女なのに理系、女なのに東大」と言われ続けた中野信子さんが思う、男脳・女脳の弊害 」はこちら>>

 
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