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スポーツ万能の雅子さま「中学時代に熱中したソフトボールとスキー」

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雅子さまがスポーツウーマンでいらっしゃることは、あまり知られていません。幼いころに住んだロシアで覚えたスキーやローラースケートに始まり、少女時代には真っ黒に日焼けしてスポーツを楽しんだといいます。
そんなお日さまの光を浴びて元気いっぱいの雅子さまをご紹介しましょう。

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真っ黒に日焼けしたスポーツ少女


雅子さんは、昭和51年(1976年)4月、田園調布雙葉中学校に進学します。通称「デンフタ」といわれ、お嬢さま学校として知られた中学です。
ここで雅子さんは、高校1年生までの多感な少女時代を過ごしています。
「オワが青い顔をして懸命に勉強している姿は見たことがない」
とかつての同級生たちは口をそろえます。

私立田園調布雙葉中学校入学で家族と記念撮影。写真/宮内庁提供

中学生時代の雅子さんを知っている父の先輩の外務省OBは、
「あのころの雅子ちゃんは真っ黒に日焼けしていました。『えっ、男の子だったかな』と感じるほど活発な印象で、お父さんは『野球に夢中になっていまして……』と苦笑いしていました」
というほど、スポーツ少女で天真爛漫(てんしんらんまん)。雅子さんはこんな印象の少女でした。


発想がユニークで場を盛り上げる中心人物


「オワは先生のあだ名をつけたり、好きな食べ物をあてたり、顔真似をするのが得意でした」
そのころ、肩の上に直接顎があるといえるような、ほとんど首が見えない先生がいました。雅子さんがつけたあだ名は「ジャミラ」。『ウルトラマン』に登場する怪獣の名前です。
「首のあたりがあまりにもジャミラなので……」。
クラス中、大爆笑になったといいます。

またあるとき、雅子さんがこう言い切ったことがありました。
「あの先生は、絶対天丼がお好きよ」
その後、それが事実と分かり、同級生は雅子さんのカンの鋭さに驚いたといいます。
「オワは発想がユニーク。場を盛り上げるのに絶対欠かせない人でした」
と話してくれた友人もいました。

中学生時代の雅子さんは、いつも仲間の中心にいました。面倒見もよくユーモアもあって、女子高だけに下級生たちのファンもたくさんいました。
学校の行事があると、雅子さんのところには必ずといっていいほど花束を持った下級生たちの姿がありました。信頼と尊敬をし「おねえさま」と仰ぐ下級生の視線には、あこがれの想いが込められていたのです。私立の中高一貫女子高に通われた方は、初恋にも似たあこがれの上級生の存在はおわかりになるでしょう。