実際の授業や試験では、これをグループワークでやらせてもいいし、あるいは、まず個人で考えてからグループディスカッションを行ってもいいだろう。
AO入試ならば、このあとに口頭試問を行って、なぜ、そのように考えたか思考の足跡を辿ればいい。そこまでの時間がなければ、なぜそのように考えたかも記述させてもいい。
あるいは、もう少し出題のレベルを下げるなら、先回紹介した静岡大学の亘理陽一先生の発案のように、「正答率を上げるために、同じような問題を日本人に置き換えて出題しなさい」としてもいいかもしれない。

(解答例)
「ゆうちゃん」は男性にも女性にも使われるあだ名で、女性のユウカさんの愛称の場合もあれば、男性のユウキさんの愛称の場合もある。
↑ユウカさんのあだ名は(   )である。
①ゆうちゃん ②ユウキ ③男性 ④女性

国語という科目として考えるなら、『教科書が』に出てくる、正答率が低いとされた問題文を、班ごとに手分けして正答率を高める工夫を競うといった授業も面白いかもしれない。
念のために書いておくが、この解答例で、正答率が本当に上がるかどうかが主要な課題ではない。

入試で問われる「思考力」とは何のためのものなのか


今般の大学入試改革では、「思考力・判断力・表現力」が問われる。その中でも中核となるのは「思考力」だろう。しかし私は、せめて国公立大学や早慶上智、関関同立クラスの入試では、それが「何のための」「どこに向かっての」思考力なのかも、同時に問われるべきだと考えている。

『わかりあえないことから』にも書いてきたことだが、いくら論理的な思考力や表現力を身につけたところで、相手の気持ちを理解できなかったり、相手に伝わらなければ意味がない。それが本当の「表現力」だ。そしてその「相手」は、必ずしも論理的に思考したり理解してくれるとは限らない。能力の問題だけではない。「相手」が悲しみの淵にいたり、忙しかったり、恋に落ちて心ここにあらずだったり、前提条件が異なれば能力を持っていてもそれが発揮できない場面もたくさんある。

論理的に喋る能力と同じくらいに、論理的に喋れない人の気持ち(コンテクスト)をくみ取る能力も、これからの日本のリーダーには必要だろう。
さらに、これから日本が直面する急激な人口減少を少しでも緩和するためには、一定数、外国の方たちに日本で働き、暮らしてもらわなければならない。そのとき、彼らが誤解しにくい言葉で話し、また誤解しにくい文章を書く能力は、職場の管理職には必須のものとなるだろう。

「AIにもわかるように」が大きな課題に


そして、賢明な読者ならもうおわかりのように、本当の本丸は『教科書が』のメインテーマでもあるAIだ。私たちはいずれ、AIに解りやすいように話し、解りやすいように書くようになるだろう。いや、実際に、もうその変化は始まっている。家電を操作したり、音楽をかけたり、様々な疑問に答えてくれたりするスマートスピーカーを使う人々は、そこに搭載されたAIが理解しやすいように話しかける。アメリカでは、スマートスピーカーに子育ての一部を委ねる家庭も増えていると聞くから、当然、その環境で育った子どもは、当たり前のようにAIに解りやすい言葉を話すことになるだろう。
その推移に違和感をおぼえる人も多いだろうが、しかしこれは、おそらく社会言語学的な観点から見れば、きわめてまっとうな変化なのだと思う。

いささか大雑把な一般化を許していただくなら、以下のようなことが言えるだろう。
言葉はハイコンテクストからローコンテクストに推移する。私はこれを、「言語のエントロピー」と呼んできた。

これからは「察してよ」は通じない


ある言語が、等質の価値観を持った仲間内だけで話されるとき、それはハイコンテクストな言語になる。省略の多い日本語は、主要な言語の中で、もっともハイコンテクストな言語の一つだと言われている(異論のあることも承知している)。「日本人なら解ってよ」「そこはちょっと察してよ」という日本文化と、日本語の構造は鶏と卵のようにリンクしている。

言語は、多くの「他者」に触れ、異なるコンテクストをすりあわせる行為を通じて、ローコンテクストに推移する。『わかりあえないことから』でも指摘したことだが、それはある種の味気なさを伴う。「AIに解りやすいように喋る」と聞いて多くの方が抱く「違和感」の源泉はそこにある。しかし私たちは、その味気なさ、むなしさに耐えなければならない。

「教科書が読めない子どもたち」をなくすことは、それが事実だとすれば、そしてその方策があるのなら、喫緊の課題となるだろう。しかし、少なくとも大学でのリーダーシップ教育や、あるいはこれからの高等教育のアクティブラーニングに求められるもう一つの課題は、日本語を母語としない人々にもAIにも誤読されない文章を書く、あるいは話す能力ではないだろうか。

(つづく)

(ひらた・おりざ 劇作家)

前回記事「【大学入試改革】問題の正答率よりも大切なこと」はこちら>>

 
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