口内炎が20個くらいできて、体重も5キロくらい落ちた


「どの職業も楽しいことばかりじゃない、苦しさをどれだけ乗り越えられるかみたいな部分はあります。ただ監督業ほど苦しい仕事もないのではないかと思いました。大げさかもしれませんが、楽しいと感じたことはほとんどありませんでした」

 

初めての監督業を、オダギリさんはそんなふうに語ります。これまで20年ほど俳優として現場にいた経験から、独特の気遣いもあったようです。

「自分が俳優で出演している時に、“こういう監督って、良くないな”ということはしないように心掛けました。例えば、こっちが悪い環境の中で一生懸命演じている時に、サングラスかけてディレクターズチェアにずーっと座ってて、演出も誰かを通して伝えていたりとか。それは失礼だと思うので、演出も、できるかぎり自分で走っていって、サングラスを外して(笑)、しっかり役者の目を見て伝えるようにしていました」

撮影中のオダギリジョー監督と永瀬正敏さん。

もちろん撮影中に最も頭を悩ませたのは、どうしたら脚本にえがいた世界を映像化することができるのか。ストレスやプレッシャーから口内炎が20個くらいできて何も食べられなくなり、クランクインから1週間で体重は5キロも落ちてしまったのだとか。

「でもモノを作るってそういうことなんですよね。僕も苦しみたいと思ってはいないんですが、苦しみからしか何も生まれないと思ってるところはあります。楽しくハッピーに光り輝く何かを作り上げる人もいるだろうけど、僕にはそういうのは向いてない。苦しみながら産み落としたちょっとだけ光ってるもののほうが、より美しく思えるタイプなんですよ」

そんなオダギリさんだからこそ「船頭」というテーマ――世界の片隅で、人知れず消えてゆきそうなもの――に、目が向いたのかもしれません。

「時代の流れというものもあるし、そこに流されていくのも人間だとは思うんです。でもやっぱりどこかで、自分にとって何が大切で、何が幸せなのかという基準は、一人一人が持つべきだと思う。今の世の中って、大きな力や大きな流れに、誰もが身を任せて流されてしまうじゃないですか。その方が楽だし。でも言うべき状況に声を上げ、行動すべき状況には動くことって、必要だと思うんですよ。それが個性だと思いますし、“みんなと同じ”になってしまうのはもったいない気がしますね」

 


このまま俳優という仕事だけに縛られて生きていっていいのか


自分にとって何が大切か――それは現在43歳のオダギリさんが監督として映画を撮ったことにも、どこかつながっているような気がします。

「40歳で人生折り返し、みたいな気持ちはどこかであったと思います。体質も変わってくるし、周りで病気になる人も増えるし、身体が変わってくる年齢なんでしょうね。もともと、何かに縛られて生きるのは嫌なタイプなので、“俳優という仕事に縛られて生きていくのも嫌だ”と考えても不思議ではないですよね。一度きりの人生なら、いろんな経験をしたいし、いろんな世界を見てみたい。そこから直接的に“じゃあ監督をやろう!”と思い立ったわけではありませんが、何か区切りをつけて新しい仕事をやるには、いいタイミングなのかなと」

でも、俳優に区切りをつけ、今後は監督に――というのとは少し違うようです。以前取材した時の言葉を紐解くと、生き方として憧れるのはジム・ジャームッシュやデヴィッド・リンチ。監督と言う本業はありつつも、それ以外にも自分らしい表現方法を持ち、自分のペースで自由に生きる人たちです。

「今後も監督業をやるかどうかは……何とも言えませんね。僕にはエンタテインメント作品を撮る才能はないし、依頼されたものを作れるような器用なタイプでもない。結局は自分がやりたいと思えるものをやるしかないので、“映画にしたい”と思える題材が見つかればその時に考えます。他にもやりたいことができればいつでもそっちに行きたいと思っているし(笑)、そうやって生きていかないともったいないなと。俳優をやってきた20年を踏まえて、次の20年でまた別のことができれば、人生をより深く楽しめると思うんですよね」

 

オダギリ ジョー 監督 1976年2月16日生まれ、岡山県出身。アメリカと日本でメソッド演技法を学び、03年、第56回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『アカルイミライ』(黒沢清監督)で映画初主演。その後、日本アカデミー賞、ブルーリボン賞を始め国内外の数々の賞を受賞。その活動は国内だけにとどまらず、海外作品にも多く参加している。18年は『宵闇真珠』(ジェニー・シュン/クリストファー・ドイル監督)が公開。待機作に『SATURDAY FICTION』(ロウ・イエ監督)、『人間、空間、時間、そして人間』(キム・ギドク監督)。これまでの監督作は『バナナの皮』、『Fairy in Method』(共に自主制作短編)、第38回ロッテルダム国際映画祭招待作品『さくらな人たち』(09/中編)。テレビ朝日の連続ドラマ『帰ってきた時効警察』(07)第8話では脚本、監督、主演の3役を務めた。今年秋には『時効警察』の新シリーズ『時効警察はじめました』が12年振りに復活する。


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『ある船頭の話』

© 2019「ある船頭の話」製作委員会

一艘の舟。全ては、そこから始まる―。

近代産業化とともに橋の建設が進む山あいの村。川岸の小屋に住み船頭を続けるトイチは、村人たちが橋の完成を心待ちにする中、それでも黙々と渡し舟を漕ぐ日々を送っていた。そんな折、トイチの前に現れた一人の少女。何も語らず身寄りもない少女と一緒に暮らし始めたことで、トイチの人生は大きく狂い始める―。

脚本・監督:オダギリ ジョー 出演:柄本明、川島鈴遥、村上虹郎/伊原剛志、浅野忠信、村上淳、蒼井優/笹野高史、草笛光子/細野晴臣、永瀬正敏、橋爪功
撮影監督:クリストファー・ドイル 衣装デザイン:ワダエミ 音楽:ティグラン・ハマシアン
公式HP:http://aru-sendou.jp
公式Twitter:https://twitter.com/sendou_jp
公式Facebook:www.facebook.com/sendou.jp
配給:キノフィルムズ/木下グループ © 2019「ある船頭の話」製作委員会

スタイリング/西村哲也
ヘア&メイク/umitos シラトリユウキ
撮影/塚田亮平
取材・文/渥美志保
構成/川端里恵(編集部)
 
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