その音楽の描写のすばらしさゆえに映像化は不可能と言われていた、直木賞&本屋大賞ダブル受賞のベストセラー「蜜蜂と遠雷」。
そのもうひとつの魅力は、国際的なピアノコンクールに挑む4人のコンテスタントたちーー再起をかける元・天才少女・栄伝亜夜(えいでんあや)、サラリーマンの傍らピアノを続ける演奏家・高島明石、いまは名門ジュリアード音楽院に在学し優勝大本命の”ジュリアード王子”、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール、彗星のごとく現れた「劇薬」とも言われる天才少年・風間塵(かざまじん)ーーの思いや葛藤が、繊細に描かれていること。
今回の映画化で、ヒロインの亜夜を演じるのは、もともと原作者・恩田陸のファンであるという松岡茉優さん。その女優としての在り方は、ひたむきにピアノに向かう4人のコンテスタントにも、どこか重なります。

 
 

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オーディションに落ち続けても
やめたいと思ったことはなかった


昨年出演した『万引き家族』では、国際的な注目も集めた松岡茉優さん。話題作への出演がひきも切らないのは、その確かな演技力ゆえ。子役時代から数えればそのキャリアはすでに10年を超えます。

「子役で演技を初めて10年ほどは、両親の庇護のもとで毎週演技のレッスンに通い、まさに没頭していました。それが仕事に直接つながるわけでもなかったし、楽しみながらやりたいようにーーこの映画で言えば風間塵くんに一番近い状態かも。当時はオーディションを受けては落ちて受けては落ちて。でもやめたいという思いが頭をかすめたこともなくーーやめたいと思うほどやってなかったということなんですが。そこから変わったのは、やっぱりお仕事をいただき、責任を強く感じるようになったから。今は完成した作品を最初に見るたびに”やめたい……”って思うんです」

2016年の発表以来、絶大なファンを獲得してきた「蜜蜂と遠雷」で、主演を任されたことは大きなプレッシャーだったといいます。「楽しい!というだけでは引き受けられない、責任感や使命感を感じました」と松岡さん。

「1シーンどころではなく、1カット1カットを丁寧に積み重ねていく感じでしょうか。栄伝亜夜がスカスカに見えないよう人物を作り、ほかの3人の見せ場で一歩引く場面でも、存在は立たせていかなくてはと考えたり。このシーンにはこれが必要、ならばあのシーンはこうした方がいいんじゃないかなというふうに、映画全体を自分なりに俯瞰で見ながら組み立てていったのは初めてだったかも」

 
 


舞台の経験をしたから、
ステージとお客さんの“ガラスの壁”がよくわかる


映画の見どころは、個性的な4人のコンテスタントの演奏シーン。特にそれぞれの人物の個性を体現するピアニストたちーー河村尚子(亜夜)、福間洸太朗(明石)、金子三勇士(マサル)、藤田真央(塵)というクラシックファン垂涎の豪華な顔ぶれの演奏を、一挙に楽しめるのも映画ならではの贅沢かもしれません。
もちろん俳優たちが表現する演奏スタイルにも、コンテスタントたちの個性や思い、成長のさまが表現されています。

「演奏シーンの撮影は、実際のホールの席をエキストラさんに来て頂いて撮影したので、演奏するピアニストたちとリンクする部分がありました。第一次予選、第二次予選の亜夜は、自分の周囲に分厚いガラスの壁を作っている感じ。お客さんの存在をシャットアウトしながら、自分のピアノを弾こうとしているんです。私自身、4度ほど舞台の経験があるので、その気持ちが少しわかるんですよね。初舞台の時は客席に向かってはいても、緊張してしまってお客さんなんて見ることができなかった。でも2度3度と経験を重ねていくにつれて、『今日は天気が悪いから、いつもより快活に』とか、お客さんを感じながら演じられるようになっていったんです。

ただ物語のラストの本選で亜夜が見せた成長には、私はまだ到達できていない気がします。共演するオーケストラの存在を肌で感じ、リードする指揮者とは互いの熱を煽りながら、さらにお客さんの反応を受けて、自分の弾き方を選び取っていく。全てのピントが合った状態で、まだ私が感じたことのない気持ちに触れさせてもらったような気がしました。音楽とお芝居は根本として違うものだとは思いますが、そういうグルーヴ感や高揚感を感じることが出来たら、すごく幸せだなろうなって思います」

 
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