最新作『夜 は お し ま い』を上梓した直木賞作家の島本理生さんと、文筆家としても活躍するSEKAI NO OWARIのSaoriこと藤崎彩織さんの特別対談が実現。前編に続き、書き手としての苦労や批判に対する思い、これからチャレンジしたいと思っていることなどをたっぷり語り合います。

 


女性が背負わされるものへの違和感をつぶやいたら……

 

島本理生(しまもと・りお)
1983年東京都生まれ。2001年「シルエット」で第44回群像新人文学賞優秀作を受賞。2003年『リトル・バイ・リトル』で第25回野間文芸新人賞を受賞。2015年『Red』で第21回島清恋愛文学賞を受賞。2018年『ファーストラヴ』で第159回直木三十五賞受賞。『ナラタージュ』『アンダスタンド・メイビー』『七緒のために』『よだかの片想い』『あなたの愛人の名前は』など著書多数。

藤崎彩織さん(以下、藤崎) 私は今、子育てをしているのですが、『夜 は お し ま い』を読みながら、母親が背負わされている重荷についても考えさせられました。語り手の女性が、「もし願いが叶うならば神様に奪ってほしい。母という名前を。そして父親という名に書き直してほしい」と願うシーンがありますよね。子どもを育てていくという過程においては、どうしても最終的には母親が責任を負わざるを得ない。

私の夫は家事にも育児にもとても積極的で、毎日とても助けられているのですが、先ほど言ったような母親ならではの苦しさというものは、私の中にもやっぱりあるんです。SEKAI NO OWARIのスタッフは男性が多くて、父親になった人もたくさんいる。彼らは父親になった翌日からでも仕事ができるけれど、私は違う。実際にそういう現場を経験すると、どんなに周囲に恵まれたとしても、女性に背負わされているものは男性とは全然違うよな、と思ってしまうんです。

結婚で姓が変わることもそう。パスポートの名義変更に行ったら、6000円かかったんですよ。そのことに違和感がある、とツイッターでつぶやいたら、色々な意見のリプライがたくさん来て……。女性だからこそ負わされているものがこの社会にはたくさんあること、そしてその違和感を決して批判するつもりなく伝えたかったのですが、やはり難しいなと感じました。

 

藤崎彩織(ふじさき・さおり)
1986年大阪府生まれ。四人組バンド「SEKAI NO OWARI」ではピアノを担当。初小説『ふたご』が第158回直木三十五賞の候補になる。ほかの著書に『読書間奏文』。

島本理生さん(以下、島本) 私はあのつぶやき、すごく共感しました。私も都庁の旅券課で怒ったことがあるんですよ。「なんで作り直したばっかりのパスポートを、そっちの都合で、もう一回お金を払って替えなきゃいけないんですか?」って。そうしたら受付の女性から「決まりですから!」ってさらに怒られましたが(笑)。

これは『ふたご』を読んで感じたことなのですが、今の若い世代の人たちって、必ずしも異性と恋愛することだけが人生の目的にはなっていないですよね。誰かと繫がるときの形が、恋愛や結婚だけではなくなっている。男女関係なくシェアハウスに住んだり、共同体をつくったり、そういう風に自分に合った形を模索していく中で、互いに影響を与え合っていくこともある。そういう関係性ってすごくいいな、と感じました。

一方で、『ふたご』は男子のバンドの中で、女の子が成長していく青春物語としても優れていると思います。主人公の夏子の心情がとても丁寧に綴られているし、彼女は月島との友情とも恋とも名付けきれない関係性を、葛藤しながらも維持していく。その維持していこうとする強さが新しかったし、『ふたご』という小説の素晴らしいところですよね。

と同時に、それはSEKAI NO OWARIっていうグループ自体の新しさでもあると思っていて。音楽性はもちろんですが、バンドとしてのあり方も、今の時代だからこその新しい形ですよね。
 

「名前を付けられない関係」はこれからもっと増えていく


藤崎 ありがとうございます。書いている間はずっと、この物語は一生完成させられないんじゃないかと思いながらやっていたので、すごく嬉しいです。
『ふたご』はもちろん私の体験がベースになっていますが、自伝ではないんですね。完全にすべてを書いたわけではないし、物語の中では起きてないことも現実にはたくさんあって。今までいろんな方から感想をいただきましたが、一番嬉しかったのは、「本当に自伝を出したら、もっとひどいんでしょ」という言葉。そのとおりです。現実はこんなに美しいわけがない(笑)。

島本 「名前を付けられない関係」って、これまでは基本的にネガティブなものが多かったと思うんです。最初に彩織さんが触れてくれた「雪ト逃ゲル」は、書いている間ずっと、この主人公はこれ以上どうやっても八方塞がりだろう、と思っていたんです。夫と子どもがいるけど、家庭の外には恋人のような「名前を付けられない関係」の存在がいる。この関係は主人公にとって決してポジティブなものではなくて、でも別の相手と新しく恋愛をし直せば救われるのかというと、そういう問題でもない。かといって、家族を捨てて一人で生きていくという、いわゆる女性の自立や抵抗という選択も主人公が求めているものではない。彼女は結局、全く新しい関係を見出すんだけれども、これだって正解ではないはず。

恋愛以外の関係性がこれからの世代にはどんどん生まれてくる可能性がある一方、やっぱり恋愛でしか繫がれない人もいれば、でもそこに肉体関係を求めていない人だっている。今回の本でも、最終的に主人公たちの求めているものの違いが自分の想定よりも出たので、その差異みたいなものが、これから重要になっていくテーマではないかと感じました。

 
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