セカオワのライブを見て「大きなテーマを書きたい」と思った

 

藤崎 以前、島本さんと一緒にお酒を飲んだときに、「どの作家もちょっとずつ自分の経験を入れ込んで書いているんだよ。彩織さんは自分の人生をみんなにすでに知られているから色々言われるけど、自分の経験をそのまま書いている作家なんかたくさんいるよ。もっと自信を持っていいんだよ」と励ましてくれましたよね。その言葉がすごく心強かったし、自分の人生をひとつの小説という形にできたことを今は嬉しく思っています。

 

今、また次の小説を書こうと頑張っているのですが、まだまだずっと暗いところにいるような感じで……。自分が書きたいことって何だろうと思いながら、いろんなテーマを「こっちかな、いやこっちかな」と書いてはやめ、書いてはやめを繰り返しながら探している状況です。

書いている途中で手が止まっちゃうんですよ。「本当にこの題材でいいのか?」という強烈な不安に襲われて。『ふたご』のときもそんな感じで結局五年かかってしまったんですけど、島本さんはいつもどんな風に題材を決めていますか? 最初から「これでいくぞ」と確信を持って進んでいるのか、それとも悩みながらフラフラ進んでいくこともありますか?

島本 三分の一まで書いたけどピンとこなかった、という題材の屍みたいなものは、パソコンの中にいっぱいあります。でも結果的に完成させられるものに関していえば、今の自分にとって一番切実なものなんです。そうじゃないと、三百枚、四百枚を書くのはやっぱり無理。

ただ、連載となると「途中でやっぱりピンときませんでした」じゃまずいので、ある程度はその手応えを早めにつかまないといけない。だから私の場合は連載が始まる前に、だいたい百枚から二百枚くらいは書いておいて、「ある程度はちゃんといいものになるだろう」と目処をつけてから始めるようにしています。

藤崎 なるほど。ところで、そういった屍が生き返ったりすることもあるんですか?

島本 ありますよ。全然違う設定にしたり、一人称を三人称に変えたら生き返ったりというケースは結構ある。本質的なテーマが変わらなければ、周りの枠が大きく変わっても書き上げられます。例えば、教師と生徒の恋愛を描いた『ナラタージュ』(KADOKAWA)だって、最初は叔父と姪の近親相姦の話でしたから。その後に別の関係性でも書いてみたけど捨てて、三回目で教師と生徒という形に変えたらようやく仕上がったという記憶があります。だから、長編だったら五年くらいかかっちゃいますよ。
 

島本理生さん初の書き下ろし小説。2017年、行定勲監督により松本潤と有村架純の主演で映画化された。『ナラタージュ』島本理生

藤崎 そう聞いて安心しました。島本さんは、今後はどんなテーマを書いていくのでしょうか。

島本 キリスト教についてはもう少し書きたいですね。今、新約聖書をもう少し小説に近い形で現代語訳したい、という話をしていて。聖書と恋愛を題材にした小説はある程度書いたので、ここで一回ちゃんと自分なりに聖書を読み解くこと自体に興味があって。ただ、すごくきちんと下調べをしないと、いろんな人から怒られてしまいそうなジャンルなので、慎重になっています(笑)。

実はつい最近まで、すごくベーシックな泣ける恋愛小説を書いていたんです。でも先日、SEKAI NO OWARIのライヴに初めて行ったことがきっかけで、触発されてしまって。ライヴがあまりに素晴らしくて、「こんなにも多くの人を同時に感動させられるなんて、なんてすごいことなんだろう。やっぱり私ももっと大きなテーマを書こう!」と感動しました。それで、今は海洋学について研究しています。SFをちょっとやりたいな、と思って。

藤崎 ええ!?

島本 担当編集に書き直すことを伝えたら、一瞬悲しそうな顔をされたんですけど(笑)、でもやってみたいと思っています。

藤崎 まさか島本さんに、そんな風に影響を与えてしまったなんて……!
ミュージシャンとして活動していると、自分の想像の範疇を越えていくことが時々あるんです。今まで、一番大きい会場だと七万人のファンの前でライヴをやったことがあるのですが、七万人が同時に自分たちを見ているという状況って、全く想像力が追いつかない。そのうえ、聴いてくれた人の中に、島本さんのように「よし、海洋学を勉強しよう」と考えてくれる人が出てきてくれると思うと……。正直、もう心がもたないです(笑)。

言葉にするのが難しいですが、たくさんの人のエネルギーを感じるライヴは、私にとって「自然と一体になる」ような感覚が近いかもしれません。


一人になって文章を書く時間の大切さ


島本 いま「自然と一体になる」とおっしゃったことがすごく面白くて。小説は、もう完全に読み手と作家、個人と個人の対話なんですよ。でも音楽は、一度に何万人にも届けることができる。本人たちのコントロールを越えるような、それこそ自然の繁殖に近いような広がり方がありますよね。それって宇宙や海に近いんじゃないかな、と思ったんです。それで、海洋学が思い浮かんだ。

ただ、自分の心の中という一番安全な場所で、誰にも言えないようなことも一対一で対話できるのは、小説だからこそのよさ。彩織さんは普段はバンドのメンバーという形で、みんなで音楽を作って、大勢の場で共有していますよね。そしてそれとは別に、一人になって文章を書くという時間も持っている。私の勝手な想像ですが、そのことが彩織さん自身にとってはすごく必要なことなんじゃないかな、と思っています。

藤崎 本当にそうなんです。マイナスの気持ちを歌詞にのせるのって難しいんです。文章を書くようになってから、文章も書き続けていないとミュージシャンでいる自分を支えられなくなっている、という実感が最近ますます強くなってきています。

もちろんバンド自体、自分だけの力でここまで来たわけではない。自分の力じゃないもので押し上げられてきた部分だってたくさんあります。でも成功も失敗も、全部が四人のもの。だからこそ受け止めきれないときもあるし、フラストレーションを抱えざるを得ないというのは、バンドという形の性質上、どうしても仕方がないんです。でもそのフラストレーションから解放されて、一人という単位になって文章を書く、そしてお客さんがそれを一対一で読んでくれる、という作業があることは、今の自分にとってすごく大切なことになっています。

島本 私、実は彩織さんに書いてほしいテーマがあるんですよ。村上春樹さんの『ねむり』(新潮社)という小説を読み返していたときに、このテーマを彩織さんに小説にしてほしいな、って。眠れない女の人の一人称の小説で、村上春樹さんの小説はどちらかといえば不条理ものに近いのですが、ここに光が差すとどうなるんだろうってふと思ったんですね。

以前に一緒にワインを飲んでいたときに、眠りについて二人でお話ししたことがありましたよね。彩織さんのその話を聞いた後に先日のライヴを見たら、今まで明るい曲だと思っていた歌の歌詞がすごくギリギリな切実さを持って響いたんです。難しいテーマだとは思うんですけど、彩織さんなりの「ねむり」をぜひ読んでみたいな、と思っています。

藤崎 素敵なアイディアをありがとうございます。私、日常的にずっとメモを取っていて、少なくとも一日一回は何かを書き残しているんです。それを内容別にタグ付けもしていて、実はその中に「#眠り」ってタグがあるんです。もちろん小説のために残していたものではないのですが、いま島本さんにお話をいただいて、トライしてみたいと思いました。

島本 自分はこのテーマで書きたい、と思う一方で、「自分には摑みきれないから書けないけれど、この人だったら書けそうだから読んでみたいな」というテーマに出会うことが時々あるんです。楽しみにしています。


島本理生さんの新刊『夜 は お し ま い』を試し読み!
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『夜 は お し ま い』
島本理生 著 ¥1400 講談社


性とお金と嘘と愛に塗れたこの世界を、私たちは生きている。
深い闇の果てに光を掴もうとする女性たちの、闘いと解放。直木賞作家の真骨頂!

とにかく、私たちは生き残った。闇夜に潜む蛙に怯えていた子供時代から。
ミスコンで無遠慮に価値をつけられる私。お金のために愛人業をする私。夫とはセックスしたくない私。本当に愛する人とは結ばれない私ーー。
秘密を抱える神父・金井のもとを訪れる四人の女性。逃げ道のない女という性を抉るように描く、島本理生の到達点。

撮影/大坪尚人(講談社)
構成/阿部花恵

 

前回記事「「純文学を書くのはこれでおしまいにしようと思った」【島本理生×藤崎彩織】」はこちら>>

 
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