言葉が通じない苦痛より、ロジックむき出しの衝突


ここで筆者の頭によぎったのが、出版関係者やメディア関係者からよく聞く、同業者婚のリスクである。言葉を生業にする共働き夫婦は、互いの仕事に辛口のアドバイスを施すなど、仕事におけるポリシーの違いを明確に言語化しがちなため、関係性に波風が立ちやすい。田中さんたちのように精神的な自立心が強い者同士が夫婦の場合、よりいっそう衝突が多いとも聞く。

 

「言い合いはもちろんありますよ。亜希子が関わっているWEBメディアと僕が関わっているWEBメディアは、直接競合ではないけどジャンルは近い。考え方のギャップで口論になったりもします。ただ、お互い年齢も重ねているし、その衝突が関係を維持するための重大な瑕疵(かし)だとは思わないんです」

 

瑕疵、すなわちキズや欠点のこと。日常会話ではあまり使わない言葉をさらっと使う田中さん。亜希子さんとの議論でも、さぞかし豊富なボキャブラリーが飛び交うのだろう。

「里美は、亜希子みたいな言葉を持っていませんでした。口論になると、僕が一方的にまくしたてるみたいになって、議論にならない。僕はそれが嫌でした。里美としては頑張って僕に合わせてくれようとしていたようで、申し訳なかったです。ただ、僕はやっぱり、意見が合おうが合うまいが、話のできる相手がいい」

田中さんにとっては、ロジックむき出しの衝突のほうが、言葉が通じない苦痛よりずっと好ましいのだ。これは「同業者夫婦の破綻」の真逆。同じ要因が結婚の要因にも、離婚の要因にもなるというわけである。

「僕は目的意識を持って生きている、自立した女性が好きだったんです。それを、前の結婚では明確に意識できていませんでした」
 
田中さんはようやく、前妻・里美さんの人となりについて話しはじめた。


妻を哀れんでいた


「里美は僕よりずっと学歴が低くて、職種もごく普通の事務職です。特にキャリアへのこだわりもない。誰かと結婚して子供を作ってお母さんになって生きていく以外にプランがないように見えました。
これは本当にクズ発言だと重々承知ですが……僕はそんな彼女のことをどこか哀れんでいた。かわいそうな存在だと思っていたのかもしれません。だから7年も付き合ったあげく放り出したら、この人は生きていけなくなるだろうと不安になったんです」
 
しかし田中さんは、結局音(ね)を上げてしまう。

「自分の意見や言葉がなく、目的意識もなく生きている里美のことが、僕はすごく……嫌だったんでしょうね。うん、嫌でした」
 
裏を返せば、田中さんが取材冒頭でなにげなく口にした「普通の、か弱くて優しくていい子」という里美さんのパーソナリティが、田中さんにとっては離婚原因のすべてだったのかもしれない。
 

稲田豊史(いなだ・とよし)
1974年生まれ。出版社で書籍編集に携わった後、独立。映画、マンガをはじめとしたポップカルチャー、エンタテインメントビジネスなどを主戦場に活躍中。著書に『ドラがたり――のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。

 

「ぼくたちの離婚」
著者:稲田豊史 ¥946(税込) 角川新書


離婚を経験した13人の“元・夫”に話を聞き、男がなぜ別れを決意したのかに迫る異色のルポタージュ。ちなみに現代日本では、3組に1組が離婚するといわれている。

 

構成/小泉なつみ

「夢を諦められなかった男が離婚した理由」は11月6日公開予定です。

 
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