「離婚を決意する男性は、こんなことを考えていたのか……」
稲田豊史さんの書籍『ぼくたちの離婚』(角川新書)は、そんな驚きに満ちています。
Web上での連載をまとめた本書は、離婚を経験した“男性たち”に、やはり離婚経験者である稲田さんが取材をし、その本音を赤裸々に綴ったもの。“元・夫側”の言い分だけを取材・掲載したのは、男性側が感じる離婚のしんどさや悲しみがこれまでフォーカスされてこなかったからだそう。言われてみれば確かに、離婚男性からその手の話を具体的に聞く機会は少ないし、周囲も腫れ物に触るような対応になりがちです。
そして仕事や子育てに追われ、夫婦ともに激動の毎日を送る人も多い30~40代にとって、離婚は決して対岸の火事ではありません。
そこで今回、離婚を決意した男たちの心情が克明に綴られた本書から、よりすぐりのエピソードを特別版でお届けします。

WEBメディアディレクター
田中元基さんの場合
(*人名はすべて仮名です)

再婚理由は「金銭的に支える必要がなかったから」

 


4年前に再婚した田中元基さん(41歳)に元妻のことを聞いても、なんだか要領を得ない。

「普通の、か弱くて優しくていい子でした」。離婚の理由は「うーん、彼女はすぐに子供を作りたかったけど、僕はいらなくて……」

森山未來似の田中さんの職業は、大手IT企業が運営する有名WEBメディアのディレクター。29歳の時、1つ歳下の里美さんと7年にわたる交際の末に結婚、しかし結婚生活は3年で破綻した。

里美さんの人となりについての説明が極端に少ない。埒(らち)が明かないので、話題を現在の再婚相手に変えてみた。

「今の妻、亜希子は僕と同業者で、歳は5つ上です。複数のIT企業が集まるコンベンションというかアワードというか、そういう席で知り合いました。亜希子の勤務先も、うちと同じくらい有名なWEBメディアをいくつか抱えるIT企業です」
 
亜希子さんと再婚した理由を率直に聞くと、率直な答えが返ってきた。

「金銭的に支える必要がなかったからです。彼女は収入もポストも、ぶっちゃけ僕より上。当時も今もです。結婚してからも財布は完全に別々だし、彼女の貯金額も知りません。あ、もちろん彼女の見た目も性格も、普通に好きですよ(笑)」
 
しかし、むしろ驚いたのは次の事実だった。

「亜希子は上海の支社に赴任中なので、僕はひとり暮らし用のマンションに住んでいます。一昨年までは僕がバンコクにいて亜希子が日本でした。実は結婚後に同居した期間が、ほとんどないんです」


「守ってあげたい」がわからない


「実は亜希子と結婚するにあたり、“同居”はマストではなかったんですよ。同じマンションで別の部屋に住むのもありかもね、って話をしてたくらいですから」
 
相手を金銭的に支える必要がない。一緒に暮らさなくても構わない。聞けば夫婦ともに子作り願望はない。であれば、少なくとも法律婚である必要はないのではないか?

「いい質問ですね(笑)。言ってみれば相互扶助契約。どちらかが病気で倒れた時には助け合う。……ただ、今の結婚が契約だというのは、あくまで僕の考えです。亜希子が聞いたらどう思うかは……わかりません」

理屈ではわかるが、腑に落ちない。

「関係あるかどうかわからないですけど……僕、相手を“守ってあげたい”って気持ちがまるでわからないんです。世の中には彼女や配偶者に“か弱さ”を求める男性もいますが、僕にはその志向が全然なくて」

現代の日本では、依然として「家長たる男が、妻と子供たちを金銭的にも精神的にも庇護する」がデファクト・スタンダードとして生きている。いまだに一部女性誌がこぞって「男への上手な甘え方」を指南するのは、何をか言わんや。41歳の田中さん世代に対する「男児かくあるべし」という社会的圧力は、彼らの親世代からを筆頭にまだまだ存在する。

「里美は僕に、夫として、未来の父親として、家長としての立ち居振る舞いを明らかに求めていましたが、応えてやれませんでした。でも亜希子はそれらをまったく僕に求めません。彼女に十分な収入があるのは理由のひとつでしょうが、精神的な自立心も強いんです。彼女は個たる人間として、揺るぎなく確立しているというか」
 
田中さんが結婚の理由として挙げた「金銭的に支えなくてもよい」は、「精神的に支えなくてもよい」の意味も含んでいた。

 
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