瀬戸内海の穏やかな海に浮かぶ、小さくて美しいレモン島。そこにあるホスピス「ライオンの家」には、週に一度、滞在者のリクエストで作られる「もう一度食べたい思い出のおやつ」の時間があります。ホスピスに滞在する30代の主人公・雫は、穏やかな日々の中でも刻一刻と迫る自分の「死」を見つめながら、考えます――自分が最後に食べたい思い出はなんだろう?
余命宣告された母親の「死ぬのが怖い」という言葉をきっかけに描いたという、小川糸さんの最新作『ライオンのおやつ』。悲しみのなかにも人生の光を見出す主人公のあり方は、小川さんが去って逝った人たちからもらった「ギフト」を見るようです。

 


死ぬ前に食べたい「おやつ」は?


人生の最後に食べたいものは?ーーそう尋ねると「白いご飯に明太子」「おいしいフレンチ」「家族の手料理」など、いわゆる食事のメニューをあげる人が多いかもしれません。でも「死ぬ前に食べたいおやつは?」と聞かれたらーー考えてもなかなか決まらないんですよね、と小川糸さんは笑います。

 

「おやつって、生きるために必要なものではないですよね。でもそれがある人生と、それがない人生では、豊かさや味わいが変わってしまうような気がします。心にすごく大きな潤いや癒しをもたらしてくれる、”人生のご褒美”的なものというか。それに「おやつ」にイヤな記憶がある人ってあまりいないですよね」
ちなみに小川さん自身の「最後のおやつ」は「おばあちゃんのホットケーキ」。

「私が幼いころのおやつは、乾燥したお餅で作ったあられとか、ちょっと古くなったおまんじゅうの天ぷらとか、祖母の用意してくれていたものでした。今であればそれも悪くはないけれど、当時はすごく地味な気がして(笑)、「友達の家ではお母さんがケーキを作ってくれてるのに」と文句を言いました。そうしたら次の日、家に帰ったら違う匂いが漂っていて、祖母がストーブの上のフライパンでホットケーキを焼いてくれていたんです」

 


距離を置いていた母親からの電話


最新作『ライオンのおやつ』には、そんなおいしそうな「最後のおやつ」がたくさん出てきます。ホスピスを舞台にしたこの小説を、小川さんが書き始めたのは3年前。きっかけはお母様がガンで余命1年と宣告されたことでした。

「どんな母と娘にも大なり小なり問題があると思いますが、うちの場合は本当に巨大なものがあって。子供のころから価値観が合わず、大人になってからも母を受け入れ理解することが難しくて、距離を置いている時期もありました。その母が余命宣告されて電話をかけてきたんですーー『死ぬのが怖い』って。私自身は“死”を恐ろしいものと考えてはいなかったのですが、世の中には母のような人のほうが多い。それならば死が怖くなくなるような物語を書こうと」。