「常盤貴子は今、転機にいる」
と言われて始めた“書く”ということ

 

ーー今回のエッセイ集は、約5年にわたる新聞(共同通信社系)連載をまとめられたもの。「常盤貴子という女優は大きく変わろうとしている。だから今、何を思い、何を書くのか非常に興味がある」と言われて始まったそうですが、振り返ってみていかがですか?

 

ちょうどその前頃から、大林宣彦監督や夫である演出家の長塚圭史、エッセイのイラストを描いてくださっている鈴木康広さんといった人たちとの出会いがあったんです。
それまで連続ドラマとかメジャーなところにずっと関わってきた私が、そういったクリエイティブな人たちというか、想像力を補うアートみたいなものを大切にしている人たちに出会うことによって、自分の中の脳内革命が起こった時期だったと思うんですね。でも自分では、そんなことには全く気づいていなくて。
とくに大林監督との出会いなんて、「昔から好きで、いつか監督の作品に出演したいと思っていた、その願いが叶った」というふうにしか捉えていなかったんです。だから共同通信の記者さんから「変わろうとしている時期にあると思うから書いてみませんか?」と言われたものの、当時の私には何のことだかさっぱり分からなかったんですよね。

ーーその記者の方に、どういう意味かはお聞きにはならなかったんですか?

わりと、「どうして」とか「何で」とか聞かないようにしているところがあるんです。聞いちゃったらそれで終わってしまうじゃないですか。
だけど今回みたいに、10年ぐらいの時が経って「こういうことだったんだ」、「このために私はこういうことをしてきたんだ」と自分で発見できるほうが、絶対に楽しい。だから昔から、すぐ答えを見つけたくないタチなんですよね。

ーー今振り返ってみると、やはり変わろうとしていた時期だったと思われますか?

そうですね、明らかに脳内は変わってきていたと思います。リアルというものを危ないな、と思うようになってきたところがあって。寺山修司さんの作品に、せっかく今私たちは楽しく過ごしているのに、そこに「現実を持ち込まないで」というようなセリフがあるんです。現実ってとっても危ない。
というのも、現実を持ち込むことによって全てのことが面白くなくなってしまう可能性があるから。とくに「私たちのような仕事をしている人間が現実に捉われるのって、本当に危ないことだったんだな」と、ハッとしたりしていた時期でした。

 

ーーそれまでは、そういった考え方はあまりしたことがなかったと?

私はドラマの撮影などでずっと「リアルが大事」と教えられてきた世代なんです。台本に「お茶を飲んでいる」と書いてあれば、その所作をいかにリアルにしていくか、という価値観の中で育ってきたんです。
でも大林監督のやり方だと、「お茶を飲んでいる」と書いてあったとしても、血を飲んでいても別にいいわけですよ。そこで観ている人たちが「ん? 今、血を飲んでなかった!?」と思う面白さ! 舞台も同様で、お茶を飲んでいる体でそこにいる、だけど観ている人から「あれは絶対お茶を飲んでいるんじゃない、違うものを飲んでいる」と思う自由を奪っていないんです。
でもリアルというものは、もう答えを出してしまっているじゃないですか。「お茶を飲んでいる」なら、お茶そのものを飲んでいることでしかない。それほどつまらないことはないなあ、と思うようになって……。多分、そういうことを考え始めたのが転機といえば転機なんでしょうね。ああ、ややこしいところに入ってきちゃった、という(笑)。

ーーなるほど(笑)。約5年間書き続けるって大変な作業だと思いますが、それによって見えてきたたこともありますか?

何となく自分が見えてきて、というのはありますね。5年も続けていると、「何を書けばいいのか分からない」というときもあって。そうすると、「あれってどういうことだったんだろう?」とずっと思っていたことを考えてみたり、自分が棚に上げていたことを棚からおろしてみたり、ということをするんです。そうやって自分の中で整理整頓ができたところはかなりありましたね。


人生で一回でも憧れたことを
一個一個実現していきたい

 

ーー今年47歳になりますが、これからやりたいことはありますか?

ん〜、とくにこれをやりたいというものはなくて、とにかく穏やかに生きていきたいです。
嫌な人にはなるべく会いたくないし、仕事も楽しいなと思いながらしたいし。もちろん、流れで何かに挑戦しなきゃいけないときはくると思うけど、その時はその時でその状況をきっと楽しむだろうし、楽しめないんだったらやらなくてもいいんじゃない?って思っています。
若いときはいろいろ吸収しなきゃいけないから、「何にでも挑戦!」と思っていたところがあるけど、もういいかな。人生の折り返し点も過ぎたし、穏やかにいきましょうよ(笑)。

ーー老後、なんてことも考えられたりするんですか?

老後は平屋に住みたい、と今朝ふと思ったんです。たまたま夫と「歳をとると階段を上るのが大変だよね」という話をして、「老後は平屋に住みたいね、平屋って素敵だよね」と。何か、平屋って憧れません?
今後は、人生で一回でも「あ、こういうのいいな」と憧れたことを実現していけたらいいなあ、と。年齢に挫けるより、小さいことでもいいから一個ずつ「できた!」と生きていくほうが、α波も出ていいのかな、と思うんです。
 

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『まばたきのおもひで』
常盤貴子著 ¥1300 講談社


共同通信社加盟の地方紙にて、2014年4月〜2019年1月まで連載されたエッセイをまとめたもの。『職業・女優。自分のことはよく分からない』、『日々の中からの発見』、『はじめての地で見たもの』など5章から成る。女優である常盤貴子さんの独特の存在感は、こういうものの見方や考え方から生まれていたのかなと感じさせられる、独創的ながらほんわかとしたエピソードが満載。是非、この1冊で常盤さんの脳内を覗いてみてください!

 

撮影/横山翔平
取材・文/山本奈緒子
スタイリスト/市井まゆ
ヘア&メイク/面下伸一(FACCIA)
構成/片岡千晶(編集部)
衣装協力/suzuki takayuki
(この記事は2019年10月1日に掲載されたものです)
 
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