幼少期からホラーやミステリーが好きだったという神津さん。『エルム街の悪夢』や『13日の金曜日』などといった映画に始まり、やがてスティーブン・キングの小説に惹かれていくようになります。神津さんは、日常生活と隣合わせたところに起こりうる恐怖を描くキングの作品に大きな影響を受けたと振り返ります。

「ホラーやミステリー以外の映画や小説も好きなのですが、怖いものでしか描けない何かがあると思うんです。表面的に取り繕っているものではなく、人間の本当の裏側とか、どろどろした部分とか。実は人間が一番怖かったりもしますし」

 

神津さんの2作品には、ある共通点があります。それは、どんな不条理なことや恐ろしいことが起こっても、なぜそういう出来事に見舞われたのか、物語の中で理由が語られるということ。

 

「実際の世の中では、たまたまそこに居合わせただけで殺されてしまったなどというように、本当に不条理に殺されてしまうことがあります。残された遺族の方からすれば、どんな理由であれ、殺されて納得することなんかできないものの、それでも理由が知りたいし、そこに理由があってほしいと思うんじゃないかと。たとえそれが一般の人には到底理解できないような、犯人なりの曲がった考え方であっても、理由が知りたい。だから、私も小説の中で理由があってほしいと思って書いているのかもしれません」


受賞の連絡は「詐欺電話じゃないか?」と思いました


神津さんが初めて小説を書いたのは、中学生の頃。日常を描いた“妄想小説”を書いていたものの、「地道に手に職を付けて働いていこう」と思うようになってからは執筆から離れ、もっぱら読む方だったそう。数十年ぶりに小説を書こうと思ったのは、現在11歳、9歳、5歳の子どもたちの育児に追われる毎日が一段落した頃のことでした。

「自分の年齢を考えた時に、この先健康であったとしても、もう半分は生きちゃったなと。母親はやりがいのある役割ではあるんですけど、いずれ子どもが成人して自分の手を離れた時に、何が残る? と考えた時に、やっぱり書きたいなと思って」

執筆に当てるのは、小学校や保育園に送り出した後に一人になる時間。子どもたちが帰ってくるまで、パソコンに向かうようになりました。『スイート・マイホーム』で第13回小説現代長編新人賞を受賞する前に一作書き上げて新人賞に応募しましたが、それはあえなく一次選考で落選してしまいます。

「それはホラーやミステリーではなく、同世代の女性の日常を描いた普通の小説でした。『受賞したらどうしよう!?』といろいろ妄想していて、一次選考の結果を見た時に、『こんなにたくさんの名前が載っているのに、私の名前がない!』とショックを受けてからは、何も期待しなくなりました」

その後、ミステリー要素のあるものを書いてみたところ、「映像が見えやすいし、こういうほうがいいのかも」と手応えを感じ、応募したのが『スイート・マイホーム』でした。

「一次選考からチェックしていた前回と違って、この時はどうせ通らないだろうと思い込んでいて、一次や二次が発表されたことも知らなかったんです。連絡をいただいて、はじめて『残ってたの!?』と」

 ある日、突然携帯電話にかかってきた1本の電話。長野県在住の神津さんにとって、画面に表示される「03」から始まる番号に見覚えはありませんでした。

「『これ、絶対怪しいやつだよね?』と出るかどうかも迷ったくらいで。出てみたら『受賞した』とか、わけのわからないことを言ってるし、あの時は本当に詐欺だと思いました(笑)」

結局のところ詐欺ではなく、第13回小説現代長編新人賞の最終候補に選ばれたことを知らせる電話だったわけですが、その後受賞が決まった後もなかなか実感を得られなかったという神津さん。

「受賞作が本になることが決まり、発売前にプルーフ(関係者に配布するための試し刷り)をいただいた時、『本の形になってる!』とはじめて実感がわきました。小さい頃の夢が自分の本を出したいということだったので、すごい!! と感動したんです」

 

デビュー作が評判を呼んで順調に版を重ね、2作目が発売されることになった今、神津さんはどのように感じているのでしょうか?

「もしいま、自分が死んでも生きた証が子ども以外にできたことと、子どもに対して残せるものができたと思っています」

作家としてデビューするまでは、パソコンに向かって小説を書いていても、どこか居心地が悪かったという神津さん。

「夫も子どもも何も言わなかったのですが、本当は『お金にもならないことをして』なんて思われているんじゃないかと裏を読んでいたので……。受賞してからは堂々と書けるようになりました(笑)」

2作目の発売を控え、神津さんのもとには、すでに執筆のオファーが数多く寄せられているとのこと。それでも、プレッシャーはあまり感じていないと言います。

「多少焦りがあったこともありましたが、自分にできることをやるしかないなと。この先、死ぬまで書き続けられたらいいなと思っています」


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『ママ』

著者 神津 凛子 講談社

成美は42歳のシングルマザー。事故で彼を失った直後に妊娠していたことを知り、女手一つで娘のひかりを育てている。身よりも貯金もなく、生活は楽ではないものの、ひかりとの暮らしはかけがえのないものだった。それなのに、成美は突如、謎の男に監禁され、平穏な日々が壊される――。

撮影/塚田亮平
取材・文/吉川明子
構成/川端里恵(編集部)
 
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