あのヴェルサイユ宮殿が作られる以前、フランス王宮が置かれていたルーヴル美術館。そこにある作品は、古くは王家が、その後は国が買い上げた「お墨付き」の傑作ばかりなのですが、大きいし数多いし、絵のどこを見たらいいのかわからないし……という人も多いのでは?今回はそんなルーヴルを攻略するための本『マンガでわかるルーヴル美術館の見かた』の編集・ライティングを担当した私、“小鳥”こと「青い小鳥アート研究室」が、独断と偏見で選んだ大好きな作品をご紹介します。


ある意味マジメで奇想天外、変わり者ぞろいの北方ルネサンス


「ルネサンス」と言えばイタリアのイメージがありますが、その影響をうけた北ヨーロッパ、現在のドイツ、ベルギー、オランダなど起こった「北方ルネサンス」も、小鳥はすごく好き。あくまで個人の見解ですが、北国の人はマジメでコツコツ、「え、そこ?!」ってところにすごいこだわりがあって、すごく面白い気がします。例えば北方の代表的画家ヤン・ファン・エイクが15世紀に描いた『アルノルフィーニ夫妻の婚礼』。

窓際にさりげなく置かれたリンゴ(罪の象徴)とか、二人の間にいる犬(貞節の象徴)とか、シャンデリアに1本だけ灯るろうそくの灯(イエスの象徴)とか、凸面鏡の中に窓の桟として描かれる十字架とか……見れば見るほど思わせぶり!この作品は残念ながらルーヴルでなく、ロンドンナショナルギャラリー収蔵ですが、ルーヴルの北方作品もこんな視点で細部を見てもらうと、新しい発見があると思いますよ。

 

ある商人の結婚式を描いた作品で、旦那さんの顔がインパクトありすぎてうっかりしますが、よく見ると夫妻それぞれの服の質感の違いとか、襞の美しさとか、奥さんの袖口の毛皮とか…め、めちゃくちゃ上手いー!でも、もっともっとよく見る、例えば夫妻の間で壁にかかる凸面鏡を……

 

ええええ、ヤンさん、そこ?!そんな小さい鏡に映ってる夫婦の後ろ姿描く?さらにその前に立ってる人(絵自体に描かれてない人!)まで描く?てか鏡の縁にはめ込まれた小さいタイルの模様まで描く?ヤンさんどんだけ!?
……とまあ、この恐ろしく細かい描き込みは、北方の特徴のひとつです。

特にバルト海に面し大きな川があるフランドル(現在のオランダ、ベルギー)は、16~17世紀はヨーロッパの経済の中心だった場所でした。イタリアでは芸術のパトロンは教会とか貴族で「神様スゲー」な宗教画とか「俺スゲー」な肖像画が主でしたが、こちらは市民社会で、パトロンはお金持ちの商人が中心。「なんか笑える絵」とか「食堂に飾る絵」とか「**組合のメンバーの集合写真的な絵」とか、ちょっとニーズが違います。さらに金と権力で腐敗したカトリック教会に対する宗教改革運動も盛んで、教訓、風刺、寓意などを含んだ作品も盛んに描かれるようになります。

例えば、静物画。こちらは17世紀初頭の画家ウィレム・クラース・ヘダの食卓を描いた『カキ、ルーマー、レモン、シルバーボウルのある静物』(こちらはルーヴル所蔵ではありませんが、似た作品があります)。

金属、ガラス、食材の質感の描き分け、ガラスの透明感と映り込み、レリーフ模様、クロスの折ジワ……人間写真機とも言うべきリアルさ!

小鳥がこの作品で一番気になるのは、中途半端におかれたお皿が、今にもテーブルから落ちそうなこと!ああああ、ヒヤヒヤする!さらにパンも牡蠣も食べかけで、まるでさっきまでここで食べていた人が突如どこかに消えたかのよう…?まさか牡蠣が当たって病院送り?――なーんてことも想像します。絵は「人生って一瞬先は闇、常に崖っぷちなんですよ」という教訓を示しているんです。そうすると食器のそこここに映り込む窓の桟も、完全に十字架に見えてきますね~(小鳥だけかな~?)

かと思えば、下絵ナシの早描きでジャジャジャッ!と描いたフランス・ハルスみたいな人とか

『ジプシー女』。この時代に一般的ではなかった、市井に活きる普通の人を描いた肖像画をたくさん描いた人。ゴッホに影響を与えたその大胆な筆遣いが、ジプシー女の力強さ、大胆さ、躍動感にぴったり!笑顔を描くのも一般的じゃなかったんですって!

ポンチ絵ちっくで楽しいピーテル・ブリューゲル(父)みたいな人もいて

『乞食たち』何を描いたのか意図不明という絵ですが、変な帽子をかぶり、キツネの尻尾をつけ、身体をよじるユーモラスな乞食たちは、どこかとぼけた味わいがあります。
 

個性派ぞろいの北方ルネサンスなのです。

青い小鳥アート研究室

アートを中心に、カルチャー全般を手掛ける、編集、ライティングユニット。フランス滞在経験を持つ編集者と、長年カルチャー分野の原稿執筆に関わるライターを中心に、書籍、雑誌記事の制作に携わる。アートってなんだかちょっと難しい、自由な見方をしたら怒られそう、敷居が高い……そんな人たちにも面白く、分かりやすくをモットーにお届けしますー。誠文堂新光社より『マンガでわかるルーヴル美術館の見かた』が発売中。来年にかけて、同シリーズのオルセー美術館、ロンドンナショナルギャラリーが刊行予定です。

 

<新刊紹介>
『マンガでわかるルーヴル美術館の見かた: 西洋絵画がもっと愉しくなる!』


ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』、ドラクロワの『7月28日 民衆を導く自由の女神』をはじめ、フェルメール、レンブラント、ラ・トゥール、カラヴァッジオといった世界的巨匠の名作がずらりとそろうルーヴル美術館。

本書は、「巨大すぎて、何を観たらよいかわからない」「作品も画家も知っているけれど詳しくはない」「有名な作品数点だけ観て、あとは流して観ていた」という方におすすめのルーヴルの入門書です。

マンガで楽しくわかりやすく、ルーヴルが誇る56点以上の作品の見かたや作者を解説。
観るのがもっと楽しくなる、絵に込められた仕掛けやメッセージが満載!
フランス旅行でルーヴルへ足を運ぶ際の予習復習や展覧会のお供に、また西洋美術史をざっくり学ぶのにも最適な一冊です。

展示場所がわかる館内マップ、用語集、西洋絵画年表つき。

前回記事「フェルメールも影響された、鬼才カラヴァッジョの光と闇」はこちら>>