桐子とヒロキが同時に叫ぶ。

「だってお互い独身なんだし」

「いや、だって、それは……ていうか考えてもみなかったよ」

「俺もだよ……」


ヒロキは五年前に奥さんを亡くしている。一人娘のまどかちゃんは中学一年生。二人で暮らしている。

「そういや、まどかちゃんは今日大丈夫なの」
「うん。母さんとこいるから」
「そっか」


桐子は窓の外を見ながら話す。

「いや~~悪いけどそれはないな。畏れ多いよ。だってあんなにいい奥さんだったんだよ。みどりこさん。あれ?! 花火?」

横浜の大桟橋が映るタクシーから、打ち上げ花火も見える。


「ああ。スパークリングトワイライト」
「え? ヒロキ詳しいじゃん」
「結婚式なかったら、まどかとこれ見に行こうって言ってたから」

桐子そしてなぎさとヒロキは、赤レンガ倉庫のあたりでタクシーを降り、思わず花火を見てしまう。

空に大輪の花が咲いていく。

 

「そんなに人ごみじゃなくていいね、ここ」

桐子はヒロキとまどかの横顔を見やる。空を見ている二人。

ヒロキという存在。考えてもみなかった。そういう対象としてみたこともない。

 

なぎさがぼそっと話す。

「ヒロキは再婚とか考えるの?」

「正直、ないね今は」
ヒロキは軽くニヤッと笑って答える。

「まどかとの日常生活っていうの? 朝ごはん作って、お弁当作って、最近、洗濯は分業してるけど、保護者会になるべく行くようにしたり、夕飯のこと考えたりさ。休みの日には掃除機かけたりさあ。それだけじゃなくって、自分の仕事とかもあるわけじゃん? そんな余裕ないよね。正直」

「まだ好きなのかな。奥さんのことも……」

「どうなんだろね……ていうか、自分が子供の立場だったらさ、親が再婚したらどうかなって」

桐子となぎさは、すぐに言葉を返せない。
 

「思春期の女の子がさ、一緒に暮らすお父さんが新しい奥さんもらったりしたら、どう? なんかちょっとさみしくない?」
 

桐子はなぎさと共に、なんとなくうっすら頷いたり、考えたり。

「言葉にはまだできないよ、正直。奥さんが今も好きとか、娘のこととか。再婚とか。それより、ただいっぱいいっぱいなのよ。それだけよ」

ヒロキは優しい微笑みをたたえている。
打ちあがる花火に乗じて、頬がうっすら明るくなったり暗くなったり。

「そういう男ってモテそうだな~」
なぎさが笑っている。

「え? なにそれ」
「どこか枯れてるっていうか、求めない男っていうの」
「なんかわかる!」

桐子も笑ってしまう。

 

「実際、最近、モテたりしない? ヒロキング」

「え? 俺? う~ん、いやまあ、そういや、う~ん……どうかな……」

「うわ! 考えてる。やっぱそうなんだ!」

「けど、けど! 俺は今そういうの、ホントいいから! ね? わかった?!」


桐子となぎさは笑っている。
いきなり真顔でヒロキが話す。


「だから、桐子には申し訳ないんですけど……ごめんね」

「もうだから、最初から考えてないんだって。頭になかったんだから。なぎさがいけないんだよ~」

 

なぎさが笑っている。

打ち上げ花火の音と光が激しくなっていく。桐子たちはなんとなくそっちに見惚れていく。


桐子は花火を見ながら、いきなり絶叫してみる。


「うじうじしないで、そこぬけの幸せがほしいーー!」


「な、なに叫んでんの……?」 
桐子は半ばあきれ顔でなぎさに見詰められてしまった。

「ていうか、底抜けの幸せってなに?」                                            

ヒロキも応戦する。
「底抜けの幸せって、たとえばどんぴしゃに相性の合うエッチをするとか? ハハハ」
「いきなりシモですか?! 下ネタですか?!」
「ていうか、底抜けの幸せなんてないんじゃないの? ずっと続くものもなさそうだし、刹那的でもいつかはつまんなくなるだろうし」
「それに、よく考えれば、底が抜けてるのもヤじゃない?」
「そ、そだね……」
「まだまだですね。桐子センセイは」
「まだ乙女チックですから……乙女チック。はい」

笑っている三人。
花火のラストスパート。


ただただ、こうしたことが話せる友達。桐子はそんな仲間がうれしかった。


桐子、なぎさ、ヒロキの顔が花火でゆらゆらと明るみを帯び、轟音に包まれている。―――

 

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*この物語はフィクションです。 *禁無断転載