インフルエンザの治療薬とくらべてみる

 

ここで、この証明された効果のインパクトを知るために、インフルエンザの治療薬との比較を行ってみたいと思います。本来別々の試験で示された効果を比較するのは御法度なのですが、感覚をつかんでいただくための参考にしていただければと思います。

先に紹介した新型コロナウイルスの治療薬、レムデシビルとデキサメタゾンの効果はそれぞれ、「治癒までの期間を4日ほど短縮するが致死率の改善は証明されていない」、「致死率を17%ほど改善する」というものでした。

これらの文字や数字を見て、「あまり大きな効果は期待できない」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

それでは、インフルエンザの治療薬である「タミフル」はどうでしょうか。この薬は皆さんにも馴染みのある薬ではないかと思いますし、「インフルエンザには治療薬がある」と皆に安心を与えている薬ではないかとも思います。

このタミフルが「有効」とされる根拠となっている複数の論文を参照すると、証明された有効性は、「治癒までの期間が平均1日ほど短縮する」というものであったことが分かります(参考4)。致死率の低い感染症であるためその証明も難しいのですが、この治療薬に「致死率の改善」といった効果が証明できているわけではありません。

しかし、これを社会的には「有効な治療薬」としているわけですから、レムデシビルやデキサメタゾンも新型コロナウイルスの「有効な治療薬」と呼んでも世間一般としては差し支えなさそうです。

 


「古くて新しい治療薬」の可能性


ここまでのところ、2種の薬剤に効果が示唆されているわけですが、治療の進歩はこれで終わりではありません。現在も数え切れないほどの試験が進行中です。

例えば、別の病気に使われてきた薬を実はCOVIDにも有効ではないかと試してみる、「ドラッグリポジショニング」と呼ばれる手法が盛んです。

ドラッグリポジショニングでは、すでに使用されてきた経験のある薬剤を用いるため、どのような副作用があるかが十分わかっており、開発コストも安く抑えられるメリットがあります。これが当たる確率は決して高くはありませんが、仮に見つかれば一から薬を開発するよりもいち早く臨床試験を開始できるという強みがあります。

また、新たな薬で現在有望視されているものとしては、「モノクローナル抗体」と呼ばれる薬が挙げられます(参考5)。この「抗体」というのは、感染した人の身体の中で作られ、ウイルスを攻撃するために増産される銃弾のようなものです。これは感染した方やワクチンを注射した方の体の中で約2週間かけて作られ、一定期間保存されるものですが、このモノクローナル抗体は、新型コロナウイルス用の銃弾を予め工場で大量生産しておいたようなものです。これを薬として、感染者と濃厚接触した方や感染した方に投与するのです。これにより、感染後2週間かかるプロセスを感染の直後から実現できるのではないかという発想です。

実際に、感染した方の多くが有効な薬なく治癒できるのは、この抗体のおかげといっても過言ではありませんので、この薬剤にも大きな期待がかけられています。いまだ人の試験の結果が報告される段階には至っていませんが、今後大きな財産となる可能性が高いと考えられます。


カレトラ、アビガン、クロロキンは?


その他の薬剤として、過去にはHIVに用いられてきた「カレトラ」、インフルエンザの流行に備えて備蓄された「アビガン」、マラリアの治療薬として用いられてきた「クロロキン」なども期待されていましたが、残念ながら今のところ有効性を証明できるには至っていません。

これらの薬剤はいずれも話題先行となり、以前は紙面を賑わすことも多くありましたが、今ではあまり聞かなくなってしまったかもしれません。

あくまで薬剤の有効性というのは、綿密にデザインされた臨床試験の中でしか確認はできません。はやる気持ちを抑え、丹念に科学的知見を積み重ねていくことでこそ、将来の財産が生み出せるのです。

有効性を証明できない薬のリストを見て悲観的に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これはこれで我々の財産です。何が効くかだけでなく、何が使えないのかを知ることも、我々の将来につながっているのです。

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参考文献
1 Sheahan TP, Sims AC, Graham RL, et al. Broad-spectrum antiviral GS-5734 inhibits both epidemic and zoonotic coronaviruses. Sci Transl Med 2017. DOI:10.1126/scitranslmed.aal3653.
2 Beigel JH, Tomashek KM, Dodd LE, et al. Remdesivir for the Treatment of Covid-19 — Preliminary Report. N Engl J Med 2020. DOI:10.1056/nejmoa2007764.
3 Horby P, Lim WS, Emberson JR, et al. Dexamethasone in Hospitalized Patients with Covid-19 - Preliminary Report. N Engl J Med 2020; published online July. DOI:10.1056/NEJMoa2021436.
4 Dobson J, Whitley RJ, Pocock S, Monto AS. Oseltamivir treatment for influenza in adults: A meta-analysis of randomised controlled trials. Lancet 2015. DOI:10.1016/S0140-6736(14)62449-1.
5 Wang C, Li W, Drabek D, et al. A human monoclonal antibody blocking SARS-CoV-2 infection. Nat Commun 2020; 11: 2251