郊外の小さな出版社に勤める28歳の女性が、“両親の急死”という出来事を受け止められず、都会を見下ろすタワーマンション高層階の一室でひとり暮らしを始めることになる――。小林正人が13年に上梓した小説『空に住む』(講談社)が、多部未華子さんを主演に迎え、映画化されました。多部さんと言えば、話題を集めたドラマ『私の家政婦ナギサさん』でのキュートな演技が記憶に新しいところ。『空に住む』では一変、見失ってしまった自分を取り戻すことができず、空虚な毎日を送る直実を演じています。

 


出来上がった作品を観て、改めて登場人物たちを深く理解できました。


多部未華子さん(以下、多部):脚本を最初に読んだときは、正直難しいお話だと思ったんです。でも、青山真治監督のような日本を代表する映画監督のもとでじっくり演じることも久しぶりでしたし、分かりやすい会話ではなく、哲学的な表現が入った芝居はとても面白そうだなという印象も持ちました。直実を演じるうえで彼女に“共感”することはあまりありませんでしたが、ワケが分からないというわけでもなかったんです。撮影中は岸井ゆきのさんが演じた愛子や、美村里江さんが演じた叔母さん(明日子)の心境もあまり理解ができず、「この人たちは何を言っているんだろう」と思っていたんです。でも、改めて完成した作品を観ると、“かいつまむ”ように彼女たちを理解できたのが不思議でしたね。

 

真っ只中にいるときは分からなくても、俯瞰で見ると全貌が掴める、という現象は現実でも確かにあることです。

多部:直実が「人間なんてそんなもの」と言うシーンがあるんです。自分がセリフとして発したときはあまり実感が湧きませんでしたが、全体を通して見たら、私も友達のことを100%理解できているわけではないですし、例えば「この人の考え方はまったく理解できないけれども決して嫌いではない」とか、そういう関係性もあるなと思いました。そのときは分からなかったけれど、直実はそういうことを言っていたのかも、と出来上がった映画をみて気付きました。まあ、一筋縄ではいかない、難しい表現方法ではありますが(笑)。

 

多部さんが演じた直実は、口数の多い女性ではないし、他人と群れるタイプでもありません。第一印象で全員が「親しみやすい」と思うタイプとはかけ離れた印象です。

多部:直実は他人を受け入れてはいないけれど、非難しているわけでもなく、何というか、自分とは別物と考えて他人と接している印象でした。役作りに苦労したかと問われれば、しなかったという答えは嘘になるんですが、哲学っぽい台詞がとても心地良くて、そこに疑問を感じることはありませんでしたね。ただ、直実みたいな女の子が近くにいたら、なかなか友達にはなれないと思います(笑)。さすがに分かりづらいですもん。

「撮影現場も静かで淡々とした印象でした」と多部さんは続けてくれました。

多部:皆さんに伺ったわけではないのですが、印象としては、皆さんもやはり難しい作品と思っていらしたんじゃないかと。岩田剛さんが演じた時戸の役も難しかっただろうと思いますし、全員がそれぞれ色々考えながら現場にいたような気がします。

印象的だったのは、直実が飼っていた『ハル』という猫との関係性。空虚な毎日の中で、ハルがどんなに大切だったのか、それはハルがいなくなってから分かります。

多部:私も犬をずっと飼っているので、ハルと直実の関係性はよく理解できました。一心同体というか、悲しいことがあってもそばにいてくれる……。直実とハルにしか分からない、言葉にならない絆というか信頼が存在している、心が通じ合う唯一無二の相手なんです。作品の中で、直実がハルを溺愛している感じには見えないと思いますが、考えてみると“家族”ってそんなものですよね。普段からずっとベタベタしているわけではないけれど、何かあったらずっとそばにいてくれて……。だからやっぱり直実にとってハルは“親友”ではなく“家族”だったんだろうって思います。

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