桜の季節にステイホーム期間を過ごし、遠出しない夏休みを過ごした私たちは、いつのまにか樹木が色づく紅葉の季節を迎えました。例年ならどこも人混みであふれるはずの観光シーズンですが、今年に限ってはなかなかそうもいかない状況が続いています。危機にさらされる観光産業、その実情について教えてくれるのが、京都在住の観光社会学者・中井治郎さんの著書『観光は滅びない 99.9%減からの復活が京都からはじまる』です。

京都という日本を代表する観光地では何が起きているか、そして人々はどんな策を講じているのか、観光復活のヒントを紐解く本書ですが、「そもそも日本にとって観光とは何か?」を学べる一冊でもあります。そこで今回は、今まさに感染拡大と共に難しい判断が迫られるGo Toトラベル・キャンペーンについて、日本の観光業におけるその意義を改めて理解すべく、本書から特別に一部を抜粋してご紹介します。

 

観光をあきらめるわけにはいかない日本


世界がコロナ一色に染まった2020年。経験したことのない事態に翻弄されるなか、多くの人が自分の生活を守り抜くことだけで精一杯の一年だったかもしれません。しかし忘れてはならないのは、そもそもこの2020年は日本にとって非常に重要な一年になるはずだったということです。

 

2020年といえば多くの人にとっては、東京オリンピック・パラリンピックが開催される『はず』だった年だろう。東京オリンピック・パラリンピック開催ということは、例がないほど大量のインバウンドが予想されるということである。大量の宿泊客を見込んでとくに東京や大阪、京都などの都市部ではホテルのオープンラッシュが加速する一方、それ以上のスピードで拡大していた民泊市場も、地域社会にさまざまな問題を引き起こしながらもバブルともいわれる活況を呈していた。すべては2020年に向けて、である。観光に関係する人々にとって2020年は数十年に一度、いや日本の観光史上最大の『勝負の年』だったのだ

なぜ日本はここまで観光業を重要視するのか。その理由について本書では、避けがたい人口減少、超高齢化社会への突入、地方消滅の危機といった日本が抱える多くの課題に触れ、「観光産業の持ついくつかの特徴が現在、日本が抱えている課題の解決に特に寄与するものであるとみなされたから」であると伝えます。

「定住人口の増加を追い求めることが困難になった地域でも、交流人口(通勤やイベント、観光などでその地域を訪れる人の数)を増やすことで地域を活性化させようというコンセプトのもと、観光庁は外国人観光客ならば8人、日本人宿泊客ならば25人で、定住人口1人と同程度の経済効果が生ずると推計している。避けがたい人口減少時代への突入を控えた崖っぷち国家である日本にとって、観光産業は最後の希望といっても過言ではないものだったのだ。

『死んだ』『終わった』、そう言い立ててみても、崖っぷちの我々に残された手札はもう多くない。この国はまだ観光をあきらめるわけにはいかないのだ