りつ子は自分でそうしておきながら、あまり考えたことがなかった。
よく、電車の中に骨壺が置き忘れられていて、それを誰も取りに来ない、ということを特捜ルポ24時といった情報番組で見ることがあるが、それもこれと同じかもしれない。なんでそうなんだろうと思っていたが、自発的に落としているのかもしれない。「忘れたいもの」として……。

けれどこうしたを言ってしまうと、なんだか場が暗くなるような気がして、りつ子は口にしなかった。その代りに、こんなことを言って流してみた。

「でも、捨てたり、手放すと、すっきりするっていうか、ケジメつきますよね。整理するって大切なことかも」


飲み会が終わり、りつ子は一人、中庭で夜空を見上げていた。星がたくさん見えた。

「りつこさん」
猛が後ろから声をかけてきた。

「りつこさん、俺……」

「ごめん……ごめんなさい。今回ちゃんと謝りにきたんです」


りつ子は猛に詫びるのだった。
一年前にも、りつ子はこの夏合宿に来ていた。りつ子は一目惚れされた。猛から。その晩いきなり呼び出されキスされたのだった。

りつ子には、何かとりえがあるわけでもなく、好かれる意味もよくわからなかった。猛からすれば、りつ子は天然で、きれいなお姉さんだった。そしてインテリアストアに勤めているりつ子には審美眼があるように映っていた。

りつ子にとって猛は、いわゆるゲレンデでかっこよく見えるスキーヤーのようなものだった。真夏に1300度近くの炉に立ち、鍛えられた体躯に汗……そんなことが魅力的に見えたことは確かだったが、りつ子にはそこまでであった。

都心で働くりつ子は、合宿後、普段の生活に戻ったものの、猛のモーションはすごかった。その秋、東京で一度猛に会ったもののどこか無骨というか、間が違うというか、さほど惹かれなかった。

猛からもらった、猛お手製のガラスの花瓶も、趣味が合わなかった。
それがりつ子にとって、一番の決定打だった。

りつ子は猛の先代が作っていたような、華奢で透明感のあるものが好きだったが、猛のものは、色が濃く、肉厚な野性味あふれるものだった。そうした作品も悪くはないだろうし、その業界では評価があるのかもしれないが、りつ子にはあまり興味を持てるものではなかった。

結婚にも通ずるような勢いが猛にはあったが、静岡の山奥、しかもこのガラス工房でこの男人といっしょになることは想像がつかなかった。


「ガラス工房の先生としては、尊敬してます。基礎もいっぱい教わりました。けど、本当にありがたいんですけど……」

そう言いながら、りつ子は猛からの花瓶をお返しした。

「そうですか……こうなるかなって、なんとなく感じてましたけど……けどこれは持っていてください」

「いいですから」

「いいって」

「本当に、いいですから……!」
押し付けるようにりつ子は花瓶を返却した。しぶしぶと猛は受け取った。

「きっと猛先生には、いい人いるとおもいます……」

りつ子は傷つけずに、ただお断わりしたかった。

「たぶん、先生の個性というか、性格とか、もっとわかってくれる人、いると思うんです」

「僕は……りつこさんにわかってもらいたいんです……! きっとまだ物足りないと思いますけど!」

りつ子は、猛の勢いに乗じて、すこしやけになって口走ってしまった。

「私、置いてみたことあるんです……!」

「はい?」

「猛さんの花瓶。お店に。全然売れませんでした」

猛は黙ってしまっている。

「あと、公衆電話の上にも……」

「え……」

「けど、後から来た人に呼び止められちゃいました。お忘れ物ですよって。初めてですよ、声かけられたの。即、持ち帰りましたよ」

猛は黙って自分の作った花瓶をまじまじと見ていた。
りつ子は正直に話しはじめた。

「申し訳ないけど、デザインやクオリティの高いものを目指しているのか、奇抜な芸術作品を目指していらっしゃるのか、よくわからないんです、私。やっぱり芸術肌なのかな。猛先生は」

猛は髪の毛をくしゅくしゅっとかいて見せた。

「まだまだですもんねえ、僕。それくらい分かりますよ……野暮ですもん。どっちつかずな、この中途半端な感じ……人に教えたりなんか、おこがましいほど」

これ以上、りつ子は言葉を出せなかった。


「相変わらず、おもしろいですよね」
「はい?」
「りつこさんのそういうトコ」
「え? 私?」
「そうですよ」
「それは、どうも……」
「俺……」
「?」
「もっともっと、精進します……」
「は、はい。私も……」
「ありがとうございました」
「あ、いえ……こちらこそ……」


りつ子は朝を待たずに車で帰ることにした。
深夜の一人ドライブ。

猛とはきっともう会うことはないであろう。連絡したり、もし会ったとしても、きっとわだかまりなくまた話せる状況に持っていけたようにも思う。よかった。―――


その後、りつ子は公衆電話に物を置き去ることもしなくなった。
あれから10年。

 

公衆電話というものが世の中から消えつつあり、あの花瓶を置いた電話ボックスも、もれなく消えていた。りつ子は、猛という若い男に好かれたことが、どこか自信にもつながっていた。その後巡り会った人と結婚し、2人の子供を授かった。

猛のガラス工房のHPにも、奥さんと男の子一人という暮らしが見受けられた。相変わらず、色の濃い、肉厚なガラス細工が好きなようではある……。



 

 


 

 


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