今、社会の価値観が急速に変わりつつあります。それぞれの多様性を尊重し、一人ひとりがもっと生きやすい社会をつくっていこうというムーブメントが活発化する一方で、自分の中に根強く残る旧時代的な価値観を捨て切れなかったり、ふとしたときに現れる無自覚の差別意識にはっと言葉を失う瞬間も少なくありません。

そんな端境期を私たちはどう生きていけばいいのか。エンタメ界のトップランナーと対話を重ねながら、考える機会をつくる本連載。第1回目にご登場いただくのは、脚本家の吉田恵里香さんです。

脚本を手がける『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(通称:チェリまほ)がオリコンのドラマ満足度調査ランキングで4週連続1位を獲得するなど、深夜帯ながら人気急上昇中。その熱狂を支えるのは、吉田さんの世界に対する優しい眼差しです。

エンタメ界の次世代を担う書き手は、どんなことを考えながら作品づくりに取り組んでいるのか。前後編の2回にわたってお届けします。

©豊田悠/SQUARE ENIX・「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」製作委員会


守りたかったのは、当事者ファースト


――ドラマ楽しく拝見しています。原作も大好きなのですが、テレビドラマというフォーマットに合わせたアレンジの仕方が絶妙だなと感じています。まず大きいのが、町田啓太さん演じる黒沢のキャラクター造形です。赤楚衛二さん演じる安達の魔法によって心の声がダダ漏れとなる黒沢は、原作ではわりと露骨な表現も出てきますが、ドラマではそれらを丹念に精査されていますよね。

 

吉田 そこはやっぱり層の違いがありました。原作はBL(ボーイズ・ラブ)というジャンルが前提で、読者もBL的な展開を求めているので、ネタとして受け入れられますが、ドラマはいろんな方がご覧になります。その中には、BLが好きではないという方もいるかもしれません。だからこそ、さまざまな層の方がご覧になったときにどう見えるかということを意識しました。

家に来たからといって襲っていいわけではないですし、許可なくキスをしたりふれてはいけないのは異性間でも同性間でも変わりません。それがBLだったらいいよねとなるのは、当事者の方にすごく失礼なこと。BLというジャンルを扱うからこそ、当事者ファーストを守りたいというのは、プロデューサーの本間(かなみ)さんも監督も同意見だったので、そこは特に気をつけました。

©豊田悠/SQUARE ENIX・「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」製作委員会

――安達自身も黒沢の家に上がる前、「まさか襲われる!?」と警戒しつつ、自分で「それは黒沢に失礼」と反省しますよね。短い一言ですが、つくり手の誠実さを感じました。

吉田 襲われると思いながら人の家に行く主人公って愛せないなと思って。どんなに見た目のいい人が演じていても、人間性が愛せないと、このドラマは成立しない。安達の人の心を読む魔法って、他人の恥部を勝手に覗き見る行為でもある。だから、人として愛せないキャラクターだと、観ている方も抵抗が出てくると思ったんです。

――おっしゃる通りで、人の心を読むというのは非常に暴力性をはらんだ行為です。だからだと思うのですが、最初に黒沢からの好意に気づくときも、原作では意図的に黒沢の心を読むのに対し、ドラマでは不可抗力。全編を通して、安達はこの魔法をそんなに多用していないのが特徴ですよね。

吉田 そこはすごく気をつけました。漫画はわかりやすさが大事ですし、原作のあのドキドキ感も面白いので、否定する意図はまったくありませんが、ドラマでやるなら、能力を便利使いする男の子にはしたくなかった。だから、特に前半は必要にかられない限り自分から魔法は使わないと決めて。取引先の社長の心を読むエピソードも原作では1巻に出てくるのですが、ドラマではあえて5話までとっておいて。安達の黒沢を助けたいという気持ちを描くポイントとして、魔法を使いました。