処世術としての「見て見ぬ振りをする」ができない男を役所さんが演じると


役所さん:今村昌平監督の『うなぎ』に出演する時に、この作品の原作小説『身分帳』のことを知り、「今村さんはこの作品を参考にされたんじゃないかな」と思い、買ってはあったんです。それを今回、慌てて読みました(笑)。最初に読んだ時は、主人公を「嫌なヤツだなあ」と思いましたね(苦笑)。頭の回転が早くて理屈っぽくて、どうも好きになれない。重大な犯罪を犯しながら「俺は満期出所だ、まっさらになったんだ」と、いろんなことを要求するじゃないですか。「この男、観客に共感してもらえるのかなあ」と。ただ映画では、上手く行けばそういう部分も、人間臭さや可笑しみに繋がるところがあるかもしれないなとも思いましたね。

映画『すばらしき世界』メイキングより。©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

西川監督:人間性を剥き出しにしたような人なので、原作の著者・佐木隆三さんもたくさん厄介な目に遭っていたんじゃないかなと思います。でも、それでも書こうと思うような魅カが、この男にはあった。周りの人が面倒を見てあげたくなるような、人好きなところがあったんだろうと思うんです。

 

役所さん:脚本に書かれた主人公の正義感には、共感できる部分がありましたね。まあ、ちょっと危うい正義感ですけれど(笑)。道端でチンピラに絡まれているサラリーマンを助けた後、仲野太賀君演じるテレビディレクター・津乃田と喋る中で「善良な市民がリンチにあっているときに見過ごすのがご立派な人生ですか!?」と問いかけますが、それが塀の外の人間としてはぐさっとくる。日常で見て見ぬふりしていることがいっぱいあるから、後ろめたさを感じるんです。

西川監督:三上は喜怒哀楽を感じた瞬間にストレートに表に出してしまう。よくいる映画のダーティヒーローに近いと思います。感情が豊かで、喧嘩っ早くて正義感が強くチャーミング。ある種映画的すぎるくらい映画的なんですよね。でもそんな人格が現実の社会に置かれれば、活躍の場なんてないし、むしろ迷惑がられるばかりだというのが面白い。

役所さん:小学校のときの道徳の時間では「困っている人を見たら助けよう」と教わる、三上はそれをそのまんま大人になっても実行して「正義の味方」になっちゃう(笑)。でも周りの人は「そういうことしちゃいかん」って言う。橋爪功さん演じる身元引受人の弁護士が「見て見ぬふりをするように」と言うけど、果たして本当にそれでいいのか……?

西川監督:映画の中には、不器用でストレートな正義感を求め憧れもする人たちが、現実世界では「正義とは何か」なんて考えもせず、満員電車に我慢しながら会社に通い、家族や上司の理不尽を受け入れながら生きていくわけですよね。三上は「正しいことは正しい、許せないことは許せない、腹が立つと殴る」を実践するけれど、そんなものは社会には通用しないんだ、無視されるしかないんだ、というリアリティは、逆にフィクションの世界で表現されるとたまらなく鋭いし、切なくもあるんですよね。

役所さん:役所さん:原作では、人の善意にすぐ泣いちゃうような人としても描かれていますね。

西川監督:映画で梶芽衣子さんが演じている、身元引受人の奥さんのモデルになった方にお話を伺ったんですが、福岡に戻る主人公にお弁当として、おにぎりと海苔を分けて渡したら、「食べるとき、海苔がパリパリとして、涙が止まらなかった」という手紙が後で届いたと。すごく象徴的な話だなと思います。普通に生きていれば、人間関係の中で当たり前に経験するさりげない情や優しさ、思いやりに触れる機会があまりにも少なかったので、とても敏感に反応してしまう。

映画『すばらしき世界』メイキングより。©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会


役所さん:自分が育った孤児院でふいに涙する場面も、理屈じゃないんですよね。彼は「自分は母親に決して捨てられたわけじゃない」と信じ、自分に言い聞かせているんだけど、そこは彼がずっと求め続けた母親に一番近い場所なんですよね。遊ぶ子どもたちを観れば、かつての自分を思い出しただろうし。実際に彼には母親の記憶はほとんどない、自分の頭の中で作り上げた部分が大きいんでしょうけれど、母の記憶は僅かだけど確かにある。それが年老いた今の彼に「今度こそ堅気だ!」と誓わせたものなんでしょうしょうね。

西川監督:そういう人だからこそ、やっぱり周りの人に好かれたんですね。

 

西川美和  Miwa Nishikawa
映画監督。1974年生まれ。広島県出身。オリジナル脚本・監督デビュー作『蛇イチゴ』(02)で第58回毎日映画コンクール脚本賞受賞。長編第二作『ゆれる』(06)は第59回カンヌ国際映画祭監督週間に正式出品され、国内で9ヶ月のロングラン上映を果たす。つづく『ディア・ドクター』(09)で第83回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位を獲得。その後、『夢売るふたり』(12)、『永い言い訳』(16)とつづけてトロント国際映画祭に参加するなど海外へも進出。その一方で小説やエッセイも多数執筆しており、『ディア・ドクター』のための僻地医療取材をもとにした小説「きのうの神さま」、映画製作に先行して書いた同名小説『永い言い訳』がそれぞれ直木賞候補となるなど高い評価を受けている。連載中のエッセイに、本作の制作過程を綴った『スクリーンが待っている(小学館)』がある。

 

役所広司  Koji Yakusho
俳優。95年に原田眞人監督『KAMIKAZE TAXI』で毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。96年『Shall we ダンス?』(周防正行監督)、『眠る男』(小栗康平監督)、『シャブ極道』(細野辰興監督)の3作品で国内主演男優賞を独占。東京国際映画祭主演男優賞を受賞した黒沢清監督の『CURE』(97)、カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した『うなぎ』(97/今村昌平監督)など、国際映画祭への出品作品も多い。12年、紫綬褒章を受章。近年では『三度目の殺人』(17/是枝裕和監督)、『孤狼の血』(18/白石和彌監督)などに出演。『孤狼の血』で3度目の日本アカデミー賞•最優秀主演男優賞受賞。『すばらしき世界』ではシカゴ国際映画祭で最優秀演技賞を受賞。小泉堯史監督作品『峠 最後のサムライ』が21年6月18日に公開予定。

<映画紹介>
『すばらしき世界』
2021年2月11日(木・祝)全国ロードショー

映画『すばらしき世界』より。©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

『ゆれる』『ディア・ドクター』などで数多くの映画賞を受賞し、これまで一貫して自身の原案、オリジナル脚本に基づく作品を発表してきた西川監督が、直木賞作家・佐木隆三のノンフィクション小説『身分帳』に惚れ込み、長編映画としては初の原作ものに挑んだ作品。小説の時代設定を現代に置き換え、実在の人物をモデルとした主人公・三上の数奇な人生を通して、人間の愛おしさや痛々しさ、社会の光と影をあぶり出す問題作。

主演を務めるのは本作『すばらしき世界』で今年の第56回シカゴ国際映画祭インターナショナル コンペティション部門にて最優秀演技賞を受賞した当代随一の名優、役所広司。その他、共演に仲野太賀、長澤まさみ、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、安田成美らが名を連ね、名実ともに豪華なキャスト陣が西川監督のもとに集結。

 

<ストーリー>
下町の片隅で暮らす短気ですぐカッとなる三上(役所広司)は、強面の見た目に反して、優しく真っ直ぐすぎて困っている人を 放っておけない男。しかし彼は、人生の大半を刑務所で過ごした元殺人犯だった。一度社会のレールを外れるも何とか再生しようと悪戦苦闘する三上に、若手テレビマンの津乃田(仲野太賀)と吉澤(長澤まさみ)がすり寄りネタにしようと目論むが……。 三上の過去と今を追ううちに、逆に思いもよらないものを目撃していく――。

『すばらしき世界』
公開日:2021年2月11日(木・祝)
監督:西川美和
脚本:西川美和
出演:役所広司、仲野太賀、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有起哉、長澤まさみ、安田成美
原案:佐木隆三著「身分帳」(講談社文庫刊)
配給:ワーナー・ブラザース映画

©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会


役所広司さん着用:ジャケット、パンツ/ポロ ラルフ ローレン

<衣装問い合わせ先>
ラルフ ローレン 表参道 tel. 03-6438-5800
 

撮影/目黒智子
 ヘアメイク/千葉友子(西川監督)、
勇見勝彦(THYMON Inc.・役所さん)
 スタイリング/安野ともこ(役所さん)
 取材・文/渥美志保
 構成/川端里恵(編集部)

 

 

インタビュー後編は2月8日公開予定です。

 
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