一番大事なのは“自分がいかに心地よく過ごせるか”

 

これまでは、最新のトレンドやブランドが正解だとされてきた時代。その背景には、自分目線より他人目線を意識するという私たちのマインドも、少なからず働いていたのではないでしょうか。
でも、このコロナ禍で社会全体がファッションに対して冷静になってきた今は、その呪縛から自由になれるタイミングでもあるということ。

 

「鏡のように人の目に映った自分を意識していると、『今年は何を着ればいい? どのブランドを選べばいい?』と迷いの道に入ってしまうんです。そうではなくて、自分と鏡の間に第三者を入れずに自分と鏡だけの世界にすれば、おしゃれをすることがもっと楽になるはず。

先にも話した通り、いま私にとって一番大事なことは『自分がいかに居心地よく過ごせるか』ということで、それがファッションの基本だと思っています。
だから、ブランドにしても、ハイブランドと廉価なメーカーの一見似たようなジャケットがあったとして、どちらを選ぶのがよいのかという正解は、もはやないといってもいいでしょう。
どちらにしろ、自分の気分が上がるものを選べばそれが正解なんです。一つ言えるのは、貴金属を除いて、服やバッグに一生物なんてないということ。

私が何十年も前に見た記事で、今も印象に残っているものがあります。それはこういう内容でした。
デザイナーのカルバン・クラインのお父様がマンハッタンで食料品店を経営していた頃のこと。そこに置いていたグレープフルーツのいっぽうには1ドル、もういっぽうにはその1/10くらいの値段がついていた。どちらも同じような品質で、どこがどう違うのか全く見分けがつかない。そこでカルバンがお父様に、なぜ2つの値段がこんなに違うのかとたずねる。するとお父様はこう言いました。『私は買う人にチョイスを提供しているんだよ』と。つまり物の価値は自分で決めるものだ、ということなんです」

もちろん一流のデザイナーや優れた職人のもとで作られたオートクチュールのドレスのように、誰がどう見ても素晴らしいクリエイションには憧れるもの。けれど、そういったブランドものを必要としないのも、また自由だという熊倉さん。

「私は時代がどう変わろうと、この先もずっとファッション自体はあると思うし、高級ブランドも存続していくと思います。
ただ、このコロナの時代を経て、皆が自分にとって本当に必要なものかどうかを見極めるようになってきた。だから、あらゆることに対して真の価値観が問われ、淘汰されていくことになるんじゃないかしら。

それに伴って、服に対する私たちの価値観も変わっていくかもしれない。もうそうなりつつあるけれど、ブランドものだから欲しいという価値観から、自分が本当にいいと思うから欲しいという価値観へ……。

そんな風に変わっていけば、皆がもっと服を着ることを純粋に楽しめるようになるかもしれませんよね。とくにこのご時世で、大変なことがたくさんあるんだから、ファッションくらい無理せずに居心地のよいものを着て、気負わずに楽しみましょうよ」

取材・文/河野真理子
構成/片岡千晶(編集部)

 
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