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アカデミー賞に向けて話題作が日本公開されるこの時期。
その中から作品賞などにノミネートされている、韓国系アメリカ人の監督が撮った『ミナリ』を紹介したいと思います。

『ミナリ』 ©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.


舞台となっているのは80年代のアメリカ、南部。農業で成功することを夢見た韓国人移民の父親がこの土地を選んで妻とふたりの子供とともに引っ越し、韓国から祖母もやって来て、新しい暮らしがはじまります。
トレーラーハウスで生活しながらヒヨコの雌雄鑑別の仕事で生計を立て、農地を耕す。そんな家族の日々が描かれています。

 

せっかく野菜が育ってきたと思ったら今度は地下水が枯れてしまい、その先にもこの家族にとんでもなく大変なことがいくつも起こります。

どこまでも夢を追いかける父親と、家族との平穏な暮らしを大事にしたい母親の思いがすれ違っていくのは当然ですよね。
夢に賭ける男の人たちの強がりとプライドは、どこの国でも変わらないのかもしれません。

特に、映画やドラマを観ていると、韓国の父親は家族の中での存在感が強いように感じます。母親はきっとこの土地から出てカリフォルニアに行った方がよかったんじゃないかと、何度も悩んだと思うんです。
でも結局はみんなで頑張る姿を見て、本当の幸せって一体何なんだろう? と考えさせられました。


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ヒヨコの鑑別場に来た息子が、オスを燃やす煙を見て、父親に「あれは何?」と聞くシーンがあります。「男は役に立たないとああなるよ」、という意味がこのセリフに込められているとしたら、ものすごく気まずいシーンですよね。

そのほかにも地下水を掘るのにダウンジングをするシーンがあったり、農地づくりを手伝う地元の男は十字架を背負って歩くような変わり者だったり、スピリチュアルで宗教的な雰囲気が、アメリカの田舎の空気を伝えているようにも感じました。

そして、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされている、祖母役のユン・ヨジュンのお芝居が素晴らしかった! 
豪快な座りっぷりを見るだけでキャラクターが伝わってくるし、韓国語の会話の間に入ってくる簡単な英語さえもリアルで、孫とのやりとりでクスッと笑わせてくれる。
エネルギーや哀れさ、ユーモアを感じさせながら、元気なところから終盤にかけて変化していくお芝居のすごさに圧倒されました。

ドラマ『俺の家の話』で西田敏行さんが老人ホームに入るシーンでも感じたのですが、抑えた表現で内側に秘めた感情を伝える俳優魂に触れると、ものすごく心打たれるんです。
私はお芝居も踊りもつい何かをしなきゃ、と前のめりになってしまうから、グッと我慢する表現を見習いたいと思っています。

夢に向かって頑張っていればきっと報われるよ、と言ってしまいがちだけれど、現実はそんなに簡単じゃない。
ポジティブなことが起こる映画ではありませんが、人生の選択や家族のありかた、サポートしてくれる人への感謝など、たくさんの問いを投げかけてくれる映画です。

 

 

『ミナリ』
3月19日(金) TOHOシネマズシャンテほか全国にて公開中


今やオスカーの常連となったスタジオA24と、ブラッド・ピット率いるPLAN Bの2社がタッグを組み製作。各国の映画祭で主要賞を続々受賞した話題作。
ときは1980年代。農業で成功することを夢みる韓国系移民のジェイコブは、アメリカ・アーカンソー州の高原に、家族と共に引っ越してきた。
荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを見た妻のモニカは、いつまでも心は少年の夫の冒険に危険な匂いを感じるが、しっかり者の長女アンと好奇心旺盛な弟のデビッドは、
新しい土地に希望を見つけていく。まもなく毒舌で破天荒な祖母も加わり、デビッドと一風変わった絆を結ぶ。
だが、水が干上がり、作物は売れず、追い詰められた一家に、思いもしない事態が立ち上がり……。
タイトルの「ミナリ」は、韓国語で香味野菜のセリ(芹)。たくましく地に根を張り、2度目の旬が最もおいしいことから、子供世代の幸せのために、親の世代が懸命に生きるという意味が込められている。 

脚本&監督:リー・アイザック・チョン
出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、アラン・キム、ネイル・ケイト・チョー、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン ほか
配給:ギャガ
©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

取材・文/細谷美香
構成/片岡千晶(編集部)

 

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