義母に赤ちゃんを取り上げられる


過干渉の義母は、Bさんが抱いている赤ちゃんを横から抱き上げ引き離し、生活のリズムにも細かく口を出す。つらいと夫に訴えても「Bが大変そうだから助けているだけだよ」と義母の肩を持ち、「夜中の授乳で寝不足なので朝起きられなくても許してほしい」と訴えれば、夫と義母に「母親はどんなに寝なくても死なないから大丈夫」と、理解のない言葉を投げつけられる。

そんな生活の中でも、赤ちゃんの面倒を見ながら仕事をこなしていたBさん。ところが仕事のパートナーでもあった夫が、Bさんが依頼した仕事の締め切りを守ってくれません。ある日、自室で赤ちゃんを抱いたまま締め切りの話になり、そこで夫が逆ギレ、口論になってしまいました。そのとき義母が部屋に入ってきて、Bさんの手から義母が赤ちゃんを無理やり取り上げたのです。

Bさんは錯乱状態に陥りました。「子どもを返して!」と訴えたら、「私とふたりきりのとき、いつもBちゃんはこうなのよ!」と、ここぞとばかりに嘘をいう義母。そしてその様子をスマホで撮影し始める夫。

「お酒を飲んでいつも私に酷いこと言ってきたのはお義母さんでしょう」と言うと、「お前こえーよ、こんな状態だったらそりゃ母さんも酒に逃げるしかないよ」と煽る夫。義母は赤ちゃんを連れて自室に籠り、どんなに泣いて頼んでもその日は子どもを返してはくれませんでした。

そして人生初の錯乱状態を経験しショックを受けたBさんは、はじめて心療内科を受診します。病院のサポートを受けながら、夫婦の関係改善を模索するBさん。家庭がうまくいかない理由は、夫より義母との関係の悪さにあると思っていた彼女は「家族のためにも別居した方がいいと思う」と提案しました。

夫は、その時は「俺が母さんと一緒に暮らしたいんだ!」とBさんの提案を受け入れませんでしたが、そこから半年ほど経った頃、今度は義母が自ら「別居したい」と言い出すと、夫は渋々受け入れ、やっと別居が決まったのでした。

義母の言うことなら聞く夫にショックを受けつつも義母と離れれば関係が改善するかもと一縷の望みを託して始めた新生活。

ところが、子どもと3人だけで過ごした4カ月、夫が繰り返したのは「Bのせいで母さんと別居する羽目になった。Bのことが許せない。愛情も持てない」というセリフでした。

そして経済的DVが始まります。

 

もともと自己破産歴があった夫は、また性懲りも無く借金を重ねていました。

 

それどころか起業するといって勝手に仕事を辞めたうえ、姑と別居することで費用の負担が増えたせいか、Bさんと住んでいる家の家賃を払わなくなり、挙句Bさんに「夫が困っているのだから妻が有り金全部出して支えるべきだ」と言い放ちました。Bさんが「このままだと補填してもいずれ破綻する。起業はいいけど空いてる時間に少しでも収入が得られる仕事もしてほしい」と言えば「他の仕事をするくらいなら死んだ方がましだ」と怒りだす。

もう限界でした。

でも夫の出産時のうれしそうな笑顔を思い出し、「あなたと子どもを育てたいと思ったから、私は子どもを産んだんだよ」と最後のチャンスと気持ちを伝えたBさん。

しかし返ってきた言葉は「俺は母親が大事だって言っただろう」でした。

妊娠がわかった時も、出産した時も、夫は確かに喜んでいました。Bさんは自分との子どもの誕生を喜んでくれているのだと思っていました。

でもそれは間違いだった。

彼は、母親に孫を抱かせてあげられたことを喜んでいただけだったのです。


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